会場のHIGASA(運営:株式会社SUITEN)。中に入ると、かつて「檜笠煎餅」を製造していた天龍堂製菓工場の広さや構造を残しながらも、カフェのように明るく開放的な空間が広がる。観光客が立ち寄れる休憩所のほか、コワーキングスペースやサテライトオフィス、シェアキッチン、テナント、短期滞在用の住居など、いくつもの機能もつ。現在も少しずつ整備が進み、完成を待たず、すでに複数の事業者が施設を使い始めている

ゼロから1ではなく、「0から0.5」

株式会社SUITENの共同代表でHIGASAを立ち上げた渡邉捷揮さんは、地域おこし協力隊として2017年に飯田市へ移住し、その後も飯田でデザインや空き家活用に取り組んできました。

もう1人の共同代表である平野広樹さんは、東京でアニメーション制作の仕事を続けながら昨年2025年から飯田にも拠点を持ち、二地域居住を実践しています。

「飯田に感じた魅力は、景色や観光資源だけではなかった」と平野さん。

飯田では、職種も役割も異なる人たちが「こんなことがあったらいいな」と語り合い、「自分ならこれができる」と自然に動き出す。そんな人たちの姿にも、惹かれるものがあったのだそうです。

地域の中で活動を重ねてきた渡邉さんと、外から訪れる中で飯田の面白さを見つけた平野さん。二人の視点を生かし、短期滞在用の住居で数週間だけ暮らしてみる「移住の一歩手前」やチャレンジテナントで数カ月だけ店を出してみる「起業の前段階」など、飯田の外から訪れる人はもちろん、地元で暮らす人や学生にも開かれています。

平野さんは、そんなHIGASAの役割を「ゼロから1ではなく、0から0.5」と説明しました。

「一度の観光では見えにくい地域の日常に触れながら、少しずつ飯田との距離を縮めていく道筋や、飯田で暮らしながら、新しい仕事や活動を始めてみる道筋。
外から来る人にも、地元の人にもある、それぞれの「0から0.5」として機能することをめざします」(平野さん)

和気あいあいとした和やかなムードで登壇する面々。左から佐藤健飯田市長、JR東海の吉澤克哉さん、株式会社SUITENの平野広樹さん、Airbnbの谷口紀泰さん

「土の人」と「風の人」が、一緒に地域を歩く

JR東海は、共創人口創出事業「conomichi」を通じ、これまで30地域以上で、その土地にある資源を見つめ直すプロジェクトを進めています。

飯田でも、この土地ならではの暮らしや価値を手がかりに、これからの生き方や暮らしを考える「里山LIFEアカデミー in 飯田」を開催。今年で4年目を迎えています。

同社の吉澤さんは、地域に暮らし、その土地の文化や営みを受け継ぐ人を「土の人」、外から新たな視点やつながりを運ぶ人を「風の人」と表現しました。

地域のことを教える側、教わる側という枠にとらわれず、同じ場所を歩き、一緒に「リサーチする」。今年は、そんな「土の人」と「風の人」が1つのチームになる「コ・フィールドリサーチ」を取り入れ、ともに天龍峡を歩きます。

店を営む人や地域で活動する人に話を聞きながら、風の感触や匂い、川の音など、目には見えないものにも意識を向け、その土地の輪郭を探ります。

地域の人にとっては当たり前になっているものが、外から来た人には新鮮に映る。一方で、外からの視点に触れることで、地域の人も、それまで気づかなかった価値を見つけることがあります。

そうして二つの視点を重ねながら、地域に眠っている価値をもう一度読み直していきます。

JR東海は、そこで見つけた価値を次の人へ運ぶ「見えないレール」を、「カルチャーレール」と呼びます。「『土の人』と『風の人』が一緒にリサーチして作ったものを使い、さらに次の仲間を集めていきたい」と吉澤さんは語りました。

宿泊から、地域との関係へ

Airbnbにとって、宿泊は地域と出会う入り口のひとつです。

地元の人には見慣れたリンゴ畑が、外から来た人には心に残る風景になる。そこで暮らす人との何気ない会話が、また訪れたい理由になることもあります。

そんな地域との出会い方と重なるのが、Airbnbの世界観です。 

Airbnbでは、宿泊する人を「ゲスト」、迎える人を「ホスト」と呼びます。ホストが地域の店や催し、人を紹介する。泊まることをきっかけに、その土地の人や暮らしに触れていきます。

「あの場所に泊まりたい」から、「あの人にまた会いたい」へ。

じつは、Airbnbはすでに天龍峡でそんな関係を育ててきました。

2021年から飯田市と連携し、地域内外の若者を交えたアイデア会議や空き家の片付け、龍江産りんごをテーマにした「りんごと光のフェスティバル」でのイベント民泊など、地域の人と一緒に取り組みを重ねています。

その中で、地元在住の女性たちからも「自分たちにもできることはないか」という声が上がり、新しい活動が生まれたこともあったといいます。

宿泊をきっかけに地域を知り、そこから人と出会い、一緒に動く。天龍峡ですでに生まれていたこうした関係は、今回の二地域居住が目指す姿とも重なります。

飯田市が、二地域居住を支える土台をつくる。
JR東海が、地域の内と外をつなぐ「レール」をつくる。
「宿泊は入り口のひとつ」と語るAirbnbは、人が飯田に滞在し、地域との関係を育てるきっかけをつくる。

4者の役割がつながることで、人が飯田を訪れ、少しずつ関係を深めていく。そんな道筋が見えてきます。 

イベント後半、4者から提示された課題解決のために参加者がアイデアや意見を出し合う
集まったアイデアや意見は1枚の紙に丁寧に集められ、HIGASAの壁面に張り出された

飯田には、まだ「関われる余白」がある

天龍峡には駅があり、温泉や遊歩道、リンゴ畑があります。昔から観光地として人を迎えてきた土地だからこそ、今もHIGASAをはじめ、新しい動きが生まれやすいのかもしれません。

佐藤健飯田市長は、

「天龍峡で始まっているこうした動きを、飯田市内のほかの地域にも広げていきたい」

と語りました。

天龍峡は言わば、ひとつのモデルとなる場所。飯田市は、地域ごとに景色や産業、人の営みが異なり、空き家や耕作放棄地、手入れの行き届かない森林や竹林など、抱えている課題もさまざま。だからこそ、それぞれの土地にある資源や課題に合わせて、その地域なりの形へ育てていくことができます。

そして飯田には、「こんなことがあったらいいな」と話し、「自分ならこれができる」と動き出す、課題を「面白がれる人」たちがいます。そんな人たちが周りを巻き込みながら動くことで、地域の課題も、誰かが関われる余白に変わっていきます。

市長は、二地域居住で飯田市と関わる人のあり方について「単なるお客様ではなく、自分ごととして地域の課題に関わってほしい」と話します。一方で、「迎える側も気張らず、普段の暮らしの中に人を迎える。特別なお客様扱いをせず、無理なく続けられる関係をつくることも大切ですね」と語りました。

地域を案内する。
人を紹介する。
場所を貸す。
情報を発信する。
自分の仕事や技術を生かす。

この地で暮らす私たちがすでに持っている経験や得意なことが、誰かと飯田をつなぐ力になります。

JR東海が表現した「土の人」と「風の人」。Airbnbでいう「ホスト」と「ゲスト」。呼び方は違っても、地域にいる人と外から訪れる人が出会い、それぞれの視点やできることを持ち寄る姿は重なります。

外から来る人にも、ここで暮らす人にも、それぞれの「0から0.5」がある。そう考えると、飯田には「もうひとつの暮らし」を始める入り口が、思っている以上にたくさんあるのかもしれません。この日始まった小さな動きが、これから飯田の人と人、場所と場所を、少しずつ結んでいく。本イベントはそんな始まりの日の予感に満ちた集いとなりました。