インバウンド需要が消失。
一方で生まれたヒット商品も
━━前回の取材から3年が経ちました。その後、事業はどのように展開していますか。
田中康弘さん(以下、田中) I-portの認定を受けた2018年当時は、東京オリンピックの開催を2年後に控え、海外からの観光客が一気に増加すると考えていました。当時、事業計画のなかに盛り込んでいた「ガチャガチャのカプセルの中に水引細工を入れて発信しよう」というアイディアは、インバウンド需要を見込んでのものです。
カプセル玩具販売機を購入し、東京を中心に観光地へ売り込みをしたり、商品を開発したりと準備を進めてきましたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、2020年のオリンピックは延期に。また、その後2021年に開催されたオリンピックは、皆さんもご存知のとおり無観客となり、当初目的としていたインバウンド需要に関しては非常に残念な結果になりました。
しかし、カプセル玩具販売機そのものは、地元の道の駅や観光スポット、昼神温泉、飯田駅前の飲食店などに置かせていただき、一定の販売数を出しています。
━━これまでどのくらい売れたのでしょうか?
田中 正確な数字は出していませんが、カプセルの数で考えれば3000個は超えていますね。「置けば、ある程度は売れるな」というのが実感です。
━━オリンピックは残念でしたが、一方で水引の「アマビエ」などヒット商品も生まれました。
田中 そうですね。開発した私たちでさえ、あまりの反響の大きさに驚いたほどです。最初は感染拡大予防のための自粛期間中に楽しんでいただけたらとオンラインショップでアマビエの水引細工を作るキットと商品を販売しました。その後、カプセル玩具としてガチャガチャに入れたところ、地元の新聞に取り上げられて話題になったんです。NHK長野放送局の取材も受け、全国ネットで一部放映されたことで全国各地からお求めがあり、メディアの力の大きさを改めて感じました。
━━現在、ガチャガチャに入れる新商品も開発中だとか。
田中 2022年に開催予定の「飯田お練りまつり」に向けてオリジナルの水引商品を試作しています。
━━飯田の代表的なお祭りである、「お練り」がモチーフに! これもまた、人気を呼びそうですね。
田中 ありがとうございます。今回は、水引だけで作るのではなく、お練りまつりのグッズにある小さな「獅子頭」と水引をジョイントさせてみようかと…。商工会議所にもご協力いただき「お練りサロン」にガチャガチャの機械を設置させてもらえたらと考えています。
━━機械は現在、何台ほどあるのですか?
田中 現在のところ10台です。当社で機械を購入していますが、1台5万円と高価なので大量には用意できないんです。今回、商工会議所に協力をいただき「持続化補助金」の申請をする中で、項目のひとつに「カプセル玩具販売機の購入」を入れているので、許可が降りればもう何台か増やせる予定です。「世界に水引を広げたい」という夢はひとまずお預けになりましたが、まずは長野県内から、じわじわ広げていきたいです。
withコロナ時代を生き抜くために
━━会社全体でみても、新型コロナウイルス感染症の影響は大きかったですか。
田中 非常に大きなダメージを受けました。もともと当社は結納品を飾る水引細工をはじめ、のし袋などを主力としてきた会社です。数年前から結納品の売り上げが縮小していたのは事実ですが、のし袋に関しては一定の販売数がありました。しかし、コロナの影響で、結婚式の規模縮小や延期が相次ぎ、ブライダル関係の需要が一気に減少したのが現状です。
ただ一方で、オンラインショップの売り上げはアップしました。おかげさまで、トータルでは前年の売り上げを割ることなく乗り切ることができた形です。
━━オンラインでの販売に早くから力を入れていたんですね。
田中 公式オンラインショップに加えて、楽天市場やAmazonにも参入して販路を広げてきました。今も毎日、コンスタントに全国各地から注文をいただいています。
━━インターネット販売は地域を問わず、お客様と繋がりを持てるのが利点ですね。
田中 ごく稀にですが、海外からの注文もあります。海外で暮らしている日本の方がオーダーしてくださっているようですが、インターネットを使えば世界中と繋がることができる。今後は外国人のお客様に向けた積極的な発信も考えています。
先ほどお話しした「持続化補助金」でも、使い道のひとつとしてオンラインショップのリニューアルも予定しています。これまでは社内で運営してきたところを、今回はプロの方に依頼し、アクセスしてもらいやすい形にリニューアルしていきたいと考えています。コロナを機に皆さんの消費行動が変わりつつある中で、ネット通販は新たな販路開拓のきっかけにもなる。今こそ、力を入れるべき時期だと考えています
━━オンラインではどんな商品が人気ですか?
田中 反響が大きいのは「素材」です。特に当店はカラーが豊富で、伝統色からプラチナまで300種類ほどが揃います。アクセサリーなどのハンドメイド素材として利用する方が多いようです。
━━なるほど、水引細工が趣味として広がっているんですね。
田中 動画サイトにも、「水引の結び方」としてたくさんの動画が上がっていますよね。伝統の結び方を応用して様々な形を作っていらっしゃって、皆さんの頭の柔らかさに感心しますね。本来なら私たちが担わなければいけない「文化の発信」をしてくださっているわけで、本当にありがたいと思います。
「I-Port」認定を機にメディアも注目
挑戦への大きな励みに
━━「I-Port」の認定を受けて、今につながっていることはありますか?
田中 当時から「古いだけではダメなんだ」と常々考えてはいましたが、「I-Port」の機会がなければここまで色々な方向へ進むことはできなかったと思います。
ガチャガチャも、これで大儲けしようと考えていたわけではなく、水引の販売の手法として「こういうのもあるよ」というひとつの形を示すきっかけになればと考えていて。大成功しているわけではないにしても、視野が広がったと感じます。
━━「老舗の挑戦」ということでメディアにも多く取り上げられましたね。
田中 そうですね。中でも一番驚いたのは「日本政策金融公庫」の総裁が直々に当店を訪問してくださったことです。「I-Port」のプレゼンテーションにいらっしゃっていた日本政策金融公庫の伊那支店の支店長さんが興味を持ち「ぜひ紹介したい」と総裁に話をしてくださったことがきっかけでした。
2019年4月には全国版の広報誌に「老舗の取り組み」として取り上げていただき、さらにその繋がりで大手町にある本社のショーウインドウに3ヶ月間、水引細工を飾らせていただいて。「I-Port」がなければそんなつながりは絶対あり得ませんでしたし、「挑戦してよかった」と大きな励みになりました。
━━「ハジメマシテ飯田」でも動画の制作にご協力いただきありがとうございました。
田中 「あわじ結び」「うめ結び」など結び方の動画ですね。とても美しい映像を制作していただき、こちらこそ感謝しています。また「この動画を新しいホームページで使いたい」とお願いしたところ快くOKもいただき、本当にありがたいと思っています。
━━この動画をきっかけに、水引細工を始める方がさらに増えるといいですね。
文化を守り、後世へつなぐために
━━これからの課題はなんでしょうか?
田中 コロナ禍は、人々の生活習慣や考え方を大きく変えました。とくに懸念しているのは冠婚葬祭結納の簡素化が一層すすみ、「結納はなくて当たり前」といった風潮が高まってしまうことです。
文化は一度絶えてしまえば、取り戻すのは容易ではありません。水引の文化を後世へつなぐためにも、伝統儀式について啓発していく必要があると感じています。
━━なるほど。業界全体にとっても課題ですね。
田中 そうですね。また、若い世代への水引の周知もテーマと考え、市内の中学校から依頼を受けて「水引の授業」も行っています。水引細工を楽しそうに作る中学生の姿を見ると私もうれしく、励まされる思いです。ワークショップなど、もっと幅広い年代の方に参加していただけるような体験の機会も必要かもしれません。
じつは、今回のインタビューが私の「zoom」初体験となりました。今ちょうど「このシステムを使ってなにか面白いことができるのでは」と考えていたところで。通常、水引を教えるとなると1人に対して5人が限界。でも「zoom」を使えば1人でたくさんの人に教えられるということですよね。大きな可能性を感じました。
━━そうですね。全国どこからでも参加できるし、喜ばれると思います!
田中 私自身はアナログ人間でデジタルに疎いので、こうして様々な体験をさせていただく中でひとつずつ知識を得ています。思い返してみれば、PowerPointで資料を作ったのも「I-Port」がきっかけでした。まったくの初心者でお恥ずかしい資料だったものの、あれ以来使い方も覚えて、今では自分なりに工夫しながらPowerPointで資料を作れるようになりました。これも「I-Port」を通じて得られたことのひとつですね。
━━「I-Port」もきっかけのひとつかもしれませんが、視野を広げて、積極的に新たなことにトライする。そんな田中さんの姿勢が御社のパワーになっていますね。
田中 そう言っていただけると、うれしいです。時代の流れになんとかついていきながら、水引の魅力を伝えるために生かしていきたいと思います。
━━最後に、今後の目標をお聞かせください。
田中 前回もお話ししましたが、水引を「日常生活の中に転がっているもの」にしていきたいという思いは、今も変わることなく持ち続けています。「アマビエ」やガチャガチャの商品は、その手法のひとつとして大いに貢献してくれています。
「水引」は日本にしかない伝統文化。だからこそ、国内外を問わず多くの方に知っていただくための努力は惜しみなくしていきたいですね。まさにこれからも「前進あるのみ!」です。
田中康弘(たなか・やすひろ) 株式会社田中宗吉商店 代表取締役。1956年生まれ。1887年創業の「田中宗吉商店」(飯田市今宮町)4代目として生まれ、23歳で水引の世界に。1984年、父の突然の他界により30歳を前に事業を受け継ぐこととなる。1998年に開催された長野冬季オリンピックでは、選手役員への贈答水引、および同パラリンピック勝者への月桂冠の水引を提供し、2018年からカプセル玩具販売機による水引細工の販売を始めるなど、積極的な試みで事業の幅を広げる。
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