かばんにひとつ
このウェブメディアがスタートしてもう、まる6年。これまで地域で起業したり、事業を展開するさまざまな方にお話を聞き、記事にしてみなさんとシェアしてきた「I-Port.biz」。けれど、私たち編集部のことを紹介する機会はなかったから、まわり番で自己紹介の記事を書きましょう。そう提案したのは私なのだけれど、一番手というのはやっぱり何を書いたらいいのやら……緊張しながらも、みなさん、はじめまして。どうぞよろしくお願いします。
東京の西のほうで生まれた私は、大学を卒業後、小さな出版社にアルバイトとして採用されて以来、編集やライターといった仕事に従事してきました。社員として勤務したのは3社、約15年。その後、ここ南信州への移住を機に、フリーランスの身に。縁もゆかりもなかったこの土地で個人事業主として活動し、もうすぐ10年になります。気づけばもう四半世紀以上、この仕事に携わっているだなんて、いま数えてみて自分でも驚きです。
これまでの大きな転機といえば、やはり移住をしてフリーランスになったこと。
「フリーランス編集ライター」と名乗り始めた約10年前、名乗ったはいいけれどこの南信州にツテやコネがあるわけでなし。最初は、前の職場から引き続き任せていただいた媒体ディレクションの仕事と、東京時代の先輩や同業の友人が声をかけてくれた小さな連載執筆が仕事の中心でした。あのとき、駆け出しフリーライターにお仕事をつないでくださった方たちがいたこと。そのありがたさを、時が経つほどに感じています。
それからしばらくして、私が暮らしている村の観光パンフレットの仕事をいただいたり、伊那谷のデザイナーさん、カメラマンさんなどとzineを制作したり。出会いのなかで、じわじわと土に水が染み込むように、この地域での活動も広がっていきました。ここでも、前例がないなかで「最初」にお仕事を下さった方のお顔は、忘れられません。
そうそう、少し、余談を。私は編集ライターのほかに「食」にまつわる商いにも小さく取り組んでいるのですが、イベントなどに出店する際、最初のお客様には少しだけでもオマケをすることにしています。「最初」になってくださった方に感謝を込めた、私なりの、げんかつぎです。
ともあれ、
一つの仕事が実績になり、学びにもなり、次につながる名刺になっていく。それは、どの世界でも同じかもしれません。編集ライターの仕事も、まさにそう。そんななか、あれこれと失敗の多い人生ではありますが、私がやっていてよかったな、と思うのは、20代の後半に「自分の看板になる、得意分野をつくろう」と思ったことかもしれません。
当時の私の関心時(=知らないけど、とても知りたいこと)は、農業でした。そして、農業に関する取材ができる現場への転職を経て10数年をかけ、仕事を通じて「農業分野が得意な玉木さん」の名刺を育んできました。
いま、お仕事全体のボリュームのなかで直接農業に関わることにどれだけ取り組んでいるかといえば、さほど多くはないけれど、このときの経験や知識の軸がコアとしてひとつ、かばんに入っていることで、私は心強くフリーランスとして立ってこられたように思います。
そしていま、50代を前に、私は自分のかばんの中身をもう一度のぞきこんで、これまでやりたかったけれどできなかったこと、もうすこし学びを深めたいと思うことに少しずつ、挑戦しているところです。
最終目標は、国家資格第一号の美容師だった私の祖母のように、おばあちゃんになってもはたらくことで世界とつながっていること。ほそぼそとでも、手放さずに続けることがなにかにつながると信じて、私なりに「はたらく」の船を漕いでいきたいです。