AI生成された鈴木だよ

ついに私の所にも回ってきました、編集部のメンバーが自己紹介をするリレーコラム。何を書いたら良いのかな〜と思い、玉木さん、松元さんのコラムを読み返してみたら2人とも「移住」「フリーランス」みたいな話題で展開している…先だし有利ですね。ズルい!

そんなの私も続くしかないか〜!仕方が無いなぁ。

私の仕事について

私は愛知県生まれ愛知県育ち、バリバリ名古屋弁を話す家庭に生まれ、様々な複雑な事情が重なり合い何の目的も意志も無く26歳の時に両親と飯田市に移住しました。

「長野県に移住!」と聞くと「老後の田舎暮らし」とか「地方移住して起業」みたいなキラキラ感がありますが、私の様な行き当たりばったりを極めた人間はビックリするほどテキトーに人生を決めるのです。

学生時代から新卒入社した会社で磨いたグラフィックデザインの技術を元に、飯田市では印刷会社に5年勤めました。自分で言うのもなんですが当時の私は意識高い系で「この地方で最高のデザインを作る!」「なんなら牽引する!」くらいのモチベーションがあり、ビジネス書を読みあさり名古屋まで遠征して勉強会に参加をしていました。

会社でやれるだけの事をやり切ったタイミングでフリーランスのデザイナーになったものの、そこはやはり行き当たりばったりが災いし、一人目の子どもがまだ一歳、妻も子育てで働いていないのにも関わらず大して仕事が無いのに見切り発車をしたため大変に苦労しました。

とは言え人ってやればできるもので、なんだかんだご縁もあって仕事は順調に増え、2023年には開業10年目を迎える事ができました。

その10年、振り返ってみると最初はチラシやパンフレットばかりやっていました。徐々に時代の変化に合わせてWEBサイトの制作、写真や動画の撮影、最終的にはドローンを飛ばしたり、人の行動を予測し設計するUXデザインなんて分野まで手を広げ、本当に色んな事を学び挑戦したな〜と思います。

その後一時的にシステム開発に吸収合併され事業部長に就任していましたが、2024年10月から改めてフリーランスに戻ってきました。今年で42歳になりますが、相も変わらず行き当たりばったりです。めでたしめでたし。

編集部のこと

このI-Port.bizとの関わりは多分2018年頃から。記事の更新や動画の作成、コラムのライティングまで幅広い業務を担ってきました。

一番最初、人から紹介されて会議に参加したときの「だ、だれだこいつ…!!?」感は未だに忘れられませんが、すっかり馴染めて本当に良かったと思います。

編集部は殆どがフリーランスの集まりで、みんながそれぞれ自立した前向きに仕事に取り組める人たちばかりなので、自分にとってはかけがえの無い仲間だな〜と思っています。

会社員、フリーランス、事業部長といった様々な立場で、仕事というフィルターを通して人と関わってきて思うのは、同じ目線で話ができる仲間って本当に貴重なんだなという事でした。

編集部では月に一度の定例ミーティングで今後の更新スケジュールや新しい記事のネタについて、アクセス状況の確認など様々な内容について話し合っています。また、Discordを使ったオンライン上でのやり取りも常々行っていて、各ライターさんからの原稿の受け取りや内容の添削をしています。

去年からはオフラインでのイベントも定期的に開かれる様になり、新しい取り組みが増えてきました。これからも仲間たちと更に挑戦する事が増えそうでワクワクしています。

これからのこと

私が飯田に移住して16年目。思い返すと「これからは田舎暮らし」「地方移住が熱い」的な話もチラホラあがってましたが正直仕事をするにせよ利便性にせよ都会から少し離れた郊外に住む以上に暮らしやすい事は無いだろうと思います。

特に仕事については田舎にいると学びの機会が圧倒的に少なく、どんどん加速する時代に取り残されてしまいます。きびし〜。

ただ、都会に遊びにいった時に思うのは「飯田ってマジで良い所だな」という事です。

空気は澄んでて谷の地形のお陰で風が爽やか。自然豊かで雄大な景色はそれだけで心を癒やし、自然の音も豊富で「あ〜、ここに暮らしてて良かった」と常々思います。

オンラインで都会の仕事はできる時代なので、「都会から仕事をとって外貨を稼ぎながら学びを得られる環境をつくる」「過ごしやすい地方でノビノビ暮らす」の両立を目指して自由気ままに、今まで通り行き当たりばったりを繰り返していきたいと思っています。

思うままに色々と書いてみましたが、このコラムがI-Port.bizや飯田市への興味に繋がれば幸いです。是非他の記事も見てくださいね。

LINEで送る
Pocket