きっかけは「倒産疑惑!?」。災害時に役立つ情報インフラとなるために

ーーずっとSNSで拝見していた「中の人」にお会いできて光栄です。たっぷりと工場見学もさせていたき、ありがとうございました。

Aさん(以下、A) いえいえ。今日は、よく投稿している「栗まんじゅう」の製造日ではなく、流れる栗まんじゅうを見て頂けなくて、残念でした(笑)。


ーーネットニュースにもなった「怖いか?弊社の栗まんじゅうの行進が」で21万いいねがついたあのお菓子ですよね。たしかに見たかったです!


天恵製菓公式Xより。昨年6月に投稿され、現在までにいいね数は21万超、800を超えるコメントも寄せられている

A あれはもともと、美しいベーグルの投稿をされていた方に反応して投稿したかたちでしたが、弊社の”栗まんじゅうの行進”を見た方からたくさんの「いいね」とともに、「食べてみたい」、「まんじゅう怖い(落語になぞらえて)」、某人気アニメの秘密道具を思い出す、など、さまざまな反応をいただきました。

ーー天恵製菓さんといえば、長野県のお茶うけ菓子の代名詞的存在。この栗まんじゅう以外にも「二色あんパイ」「天恵どら焼き」そして「ふんわかチョコタン」などの洋菓子まで幅広い半生菓子を製造され、口にしたことのない人はいないのでは?というほどです。また近年では、大手コンビニエンスストアチェーンのプライベートブランド等でも、製造元を見ると御社の名前がありますね。
 業界では半生菓子製造の牽引役、といった存在かと思いますが、そんな御社がXを始めたきっかけは、どのようなものだったのでしょう。


天恵製菓本社・工場遠景

天恵製菓(てんけいせいか) 1923(大正12)年、田島屋製菓菓子舗として長野県下伊那郡豊丘村で創業。1966年に増産をめざす菓子メーカーとして天恵製菓株式会社を設立し、半生菓子製造に注力する。1977年には『天恵どら焼』が通産大臣賞・名誉副総裁賞受賞、『ふんわかチョコタン』は1993年以来4度にわたりモンドセレクション金賞を受賞するなど、求めやすい価格とおいしさを両立させ数々の人気商品を世に送り出している。 https://tenkeiseika.co.jp/


A ありがとうございます。弊社は大正12(1923)年に創業以来、菓子製造ひと筋に歩んできた流通半生菓子メーカーです。「お茶飲み」文化が盛んな地元長野のみなさまに愛されながら、全国そして近年は東南アジアやアメリカ、欧州といった世界へも、販路を拡大してきました。
ただ、インターネットを通じた広報にはこれまでさほど力を入れてきておらず、あるときウェブサイトの問い合わせフォームから「倒産したんですか?」とお問い合わせが届きまして・・・。

ーーえっ、それは衝撃の問い合わせですね。

A  ウェブサイトの更新が数カ月ほど滞っていただめだと思われます。もちろん、弊社としてもそのようなお声をいただき、重く受け止めました。そこで、当時手軽に投稿できるSNSとして人気を集めていたTwitterの運用をはじめてみました。「ここに居ますよ」と、声を上げる感覚でした。
 加えて当時は、東日本大震災が発生した後に、Twitterで避難所の情報や状況の発信などが行われ、大いに役立てられたことが注目されていたとき。弊社としてもそのような、社会に貢献できる情報インフラの一助になれたらとの考えもありました。そしてそうなるためには、多くの方にフォローしていただく必要がある、ということで、とにかく手探りでさまざまな投稿を重ねていきました。

ポイントは「ノリ」と「継続」。情報収集を習慣に、南信州の”ゆるさ”を強みに変えて

ーー12万を超えるフォロワー数は間違いなくここ南信州地域で出色の存在ですが、どのようにしてフォロワーを獲得してきたのでしょう。

A  インターネットで調べると、近年はほぼ365日すべてに「◯◯の日」と記念日がありますよね、最初のころは、その「◯◯の日」にちなんだマシュマロのアレンジを毎日がむしゃらにつくって投稿していました。まずは、毎日地道に投稿を続けることからです。

徐々に慣れてきたら、私自身が引っかかったこと、面白いと思うことを「ノリ」で投稿してみる柔軟さも出てきました。

ーーなるほど。最初はひとつテーマを設定し、それを続けながら勘所をつかんでいったんですね。そんな「初期段階」をすぎたあと、日々の投稿内容は、どのように集めていますか?

A ほかにも業務を抱えていますので、ネタ集めだけに集中することはもちろんできません。そこで、社内にいても、出張などに出かけたときも面白そうだと思ったことはとりあえず写真に収めるようにしています。すぐには使わなかったとしても、ストックが役立つときがありますから。今日も、みなさんがいらしてくれたおかげで、私も改めて工場内の写真が撮れました。


天恵製菓のロングセラー商品のひとつ、もなかの製造工程(撮影:古厩志帆)

圧倒的な物量の菓子が次々と焼き上げられていく(撮影:古厩志帆)

ーー私たちも、見慣れたお菓子が機械で続々と生み出されていく様子を拝見できて、とてもワクワクしました。まさに「行進」のようにお菓子が焼き上がる様子はかわいくて、圧巻です。
ただ、日々こうした光景にさらされていると、つい足元の「ワクワク」や「楽しさ」が当たり前になってしまいそうです。そしてつい、「ネタ不足」と悩みに陥ってしまいますよね。


A 本当にそうですね。「こんな投稿が面白いんだ」とか「こういう撮り方に魅力を感じてくれるんだ」とか、レスポンスから感じて学ばせていただくうちに、私もなんとなく「勘所」がつかめてきたように思います。だからこそ、投稿したあとのフォロワーさんとのやりとりは、ファンの獲得と学びの場として誠意をもって丁寧に行いたいと心がけています。

あと、いつもお菓子製造の写真だけじゃなく、ちょっと場面を変えてみることも意識しています。弊社の相談役と会長がコツコツ手がけている「バラ園」があるんですが、バラ園と言いつつさつまいもやインゲンが植えられていて……。せっかくなので #天恵製菓のバラ園 のハッシュタグでシリーズ化し投稿しています。

ーーあはは、バラの姿のないバラ園の投稿ですね。この、予定通りにいかないゆるさ、なんとなく南信州らしいおかしみがあります。

A  そう、南信州独特ののんびりしたゆるい風土って、意外とネタの宝庫だと思うんです。本業に誠実に取り組むからこそ、商品の投稿だけでなく、ときに社風が伝わるような「ゆるさ」をさらけ出すことで、会社に親しみを感じていただけるのかなと思います。


それから、とくにXのようなSNSは、リポスト(再投稿)からはじまる他のアカウントさんとの交流も醍醐味かもしれません。面白いと思ったキャンペーンや投稿をシェアしたり、自分なりのコメントを加えて投稿するところから長くお付き合いが始まった経験も多いです。

ーーたしかに、一見無関係ように見える異業種の企業同士がSNS上で交流する流れも、TwitterそしてXの楽しさですね。
御社の取り組みの代表例のひとつは、「#全国おかんバレンタインはそっとしてくれ協会」でしょうか。

A  あの企画?も、長く続いていますね。
最初は弊社とキャンディークラッシュソーダさんの#残念バレンタインキャンペーンに、PHP衆知さんの公式アカウントで「バレンタインのときにお母さんに『いくつもらってきたの?』とか聞かれるのが嫌だった」との趣旨の投稿があったのに対し、こちらから「それは『#全国おかんバレンタインはそっとしてくれ協会』を設立したくなりますね」、と反応したのがきっかけでした。そこからは、「略称は #全おバ協ですね」とフォロワーさんのコメントを受けて会員証を作り・・・。

2016年よりはじまった「#全国おかんバレンタインはそっとしてくれ協会」会員証題字コンテスト。2025年はPHP出版のほか、ワン・パブリッシング、おやき工房旬菜花、つばめランドセルとの共催で開催された

創業100年を超えて。SNSが「変わらないお茶菓子」の誇りと価値を教えてくれた


ーーSNSを運用したことによる効果について、どのように感じていますか。たとえば採用面などはいかがでしょう。

A それは、社内でも評価がわかれるところでして……。そもそも弊社のSNS投稿はあまり現実的な業務の話や採用について伝えることはしていません。そのため、たとえばSNSを見ていてくれていた人が偶然のように入社する、ということはあっても、SNSによって入社希望が増える、という効果は想定していませんし、実際にほぼない言って良い思います。

もともと弊社の社風は、いわゆる「おふざけ」とは真逆の方向。だからこそ安全・安心の品質が保てているわけですが、天恵公式Xの投稿についてどれだけ理解があるかというと難しいかもしれません。
他社の「中の人」の間でも、面白い方向に盛り上がれば盛り上がるほど、「遊んでいる」という評価になってしまう、との声は、よく耳にするところです。


天恵製菓社内に掲げられた「菓子一筋」の書と、数々の表彰状。なお、同社の社是は「愛」だという

ーーなるほど、そもそもSNSの世界での影響力も、馴染みのない世代や層にとってはピンとこないということはありそうです。しかしながら、先ほどの「#全国おかんバレンタインはそっとしてくれ協会」のようにさまざまな企業と業種の壁を超えてコラボレーションすることは確実に認知度を上げるでしょうし、BtoB事業のなかで直接「おいしい」の声を目にすることができることも大きいのではと感じます。

A  そうですね、そうした効果を信じて担当者がめげないことと、担当者の上長がたとえ理解できなくても黙認してあげること、それはSNS運用が継続されていくうえで大切なことだと思います。

ーー2023年には創業100年を迎えられた御社のお菓子の存在感そのものが、懐かしい思い出とつながっている人は多いはず。SNSでの出合いがきっかけで、「いつもおばあちゃんの家にあったあのお菓子は天恵製菓のものだったんだ!」と、記憶がつながって改めてファンになる方もきっと多いですよね。


天恵製菓公式 Xより。X内で「懐かしい」と話題になっていたという天恵製菓「力士餅最中」CMを投稿


A そうですね。そういう意味でも、フォロワーさんや何気ない投稿に弊社の魅力を教えていただくことは多いです。Xで、「縁側ほっこり系」、「おばあちゃん家で出てくる」と自称しているとおり、私たちのお届けしているお菓子の一つひとつは風景に馴染むくらいさりげない、地味なものだと思います。けれど、流行り廃りの速度が早くなる時代にあって、ずっと同じものがあるということに、安心感を覚えていただいている方もいらっしゃるんじゃないかなと。
だからこそ、これからも変わらない安心・安全でおいしいお菓子を提供しながら、SNSなどを通じて新たな出会いや「再会」の創出に役立つことができたらと思います。


ーーありがとうございました。