革製品を通して伝えたい
「命」の重みと尊さ

ニホンジカやイノシシなどの革を利用して作られる野性味あふれる「刃物ケース」。新ブランド「GAIJYU(凱獣)」が目指すのは、有害鳥獣として駆除される野生動物の皮革を利用した革製品の製造・販売だ。

写真=佐々木健太

━━わー!おしゃれな刃物ケースですね。これには何の革が使われているんですか?
木下英幸さん(以下木下さん) この剪定ばさみ用のケースは、牛革をベースにワンポイントの部分がシカの革。シカの革は柔らかいからこういう使い方がいいかなと思って。こっちの鉈ケースはイノシシの革。触り心地は良いけど耐久性は少し落ちるから、組み合わせを考えながら作っていかなきゃだね。
これらはまだ試作品だからキレイめだけど、野生動物の天然の革には傷や皺など、もっと独特の荒々しさがあるから、活かしながら作りたいなと思ってるよ。

━━なるほど。革にもそれぞれ特性があるんですね。この味わい深さは、革の扱いを知り尽くしている木下さんだからこそ表現できるものだと思います。木下さんが革職人として活躍するようになった経緯をお伺いしたいのですが、まず革に興味を持ったのはいつごろですか?
木下さん 最初に興味を持ったのは大学生のころかな。千葉の大学へ通っていたときに一番の遊び場だったのがJR常磐線でつながっていた上野駅の「アメ横」で。インディアンアクセサリーなんかも流行ってたし、友達が軍モノや革ジャンのマニアだったから革のことをあれこれ教えてくれて、「革って育てるものなんだ。かっこいいな」って気持ちが強くあったね。

━━それをきっかけに革製品への興味が芽生えたんですね。

木下さん そう。そのあと大学を卒業して、1年間はラグビーをするためにニュージーランドへ留学して。帰国後に飯田市にあった革ベルトのメーカーに就職したの。

━━そこで実際に革の製品作りをはじめたわけですね。

木下さん 革の扱いを覚えたら、そのうちに財布やバッグみたいな小物も自分で作りたいと思うようになったんだけど、平面のベルトと、立体で成り立っている小物って技術がまったく違うんだよね。いまでは笑い話だけど、その時は作りたい小物を実際に買ってきて、全部バラして型をとって同じものを作ってたな。
嫁さんからは「何万円もするものを買ってバラして!」ってよく怒られたけど、バラすと「あー、こっちを先に作るんだ」とか「こんな風に芯材が入れてあるんだ」とか発見があって勉強になったよ。

写真=佐々木健太

━━完全に独学だったとは驚きです!

木下さん それに、働いていたベルトメーカーの工場長が僕のことをとても可愛がってくれてね。革についても一から教えてくれたし、ミシンの技術や量産についても体験させてもらった。「僕、いずれは独立したいんです」って正直に話したあとも親身になって色々教えてくれてありがたかったな。

━━そんな工場長さんからかけられた言葉で、とても印象深いものがあったとか。

木下さん ある日、工場長と残業して特価品のベルトを作った日があって。一本100円の完全に赤字の商品なのに、工場長は一生懸命磨くんだよね。だから、
「利益が出ない商品なのに、工場長はどうしてそんなに必死にやるんですか」って、ついつい聞いちゃったの。そしたら工場長がこう言ったんだよね。
「木下、いいか。100円だろうが1万円だろうが、それは人間が作った価値観でしかない。だけど、そこに動物の『命』があったってことだけは、これから革を扱う人間として、きちんと覚えておいてくれ」って。
その言葉は、いまでもここ(胸を押さえながら)に残ってる。僕の核になっている言葉だね。

写真=佐々木健太

━━「命」があったことを…ですか。いい言葉ですね。

木下さん ものづくりに携わる人間として、素材への敬意を忘れず、材料もムダにしてはいけない。すべてが集約された言葉だよね。
その後、僕がドラマの影響を受けて「スーツ姿で働きたい」って考えるようになって、税理士事務所に転職したから工場から離れてしまったんだけど、数年後、税理士事務所を辞めてから偶然、工場へ行く機会があったんだよね。
そしたら工場長が僕を応接室に呼び出して、
「君はいま、なにをやってんだ?あんなに革が好きだった君がどうして革の仕事をしていないんだ。君は独立する夢を諦めてしまったのか!」
って本気で怒ってくれたの。それから「うちに戻ってこい」って何度も声をかけてくれて…本当に嬉しかった。

━━真剣に怒ってくださったのも、愛情があればこそですね。

木下さん 当時はすでに「ハナブサレザー」を立ち上げていたから結局戻ることはなかったけれど、機械を買うために金融機関からお金を借りたうえに、まだお客さんもついていなかったし、家では嫁が3人目の子どもの臨月だったから収入面でも苦しくてさ。だけど工場長が心配してくれて僕と嫁さんの分の内職の仕事を出してくれて、いまでも工場長には感謝してるよ。

━━工場長さんは、木下さんの革への熱い思いを応援してくれる、良き理解者だったんですね。それから徐々に「ハナブサレザー」の製品は評判を呼び、知名度も人気も上がっていきました。木下さんはクラフトマンとして活躍される一方で、ここ数年は交通安全のボランティアにも力を注いでいるとか。

木下さん それは、工場長の言葉がずっとここ(胸を押さえつつ)にあるから。はたから見れば「なんで、革職人が交通安全にあんなに一生懸命なの」って思う人もいるかもしれないけど、僕の中にはぶれない芯があって。交通安全も命に携わることであり、僕はいま皮革を扱っている。どちらも大切な「命」だから。

━━ボランティアで「命の授業」を開いて、子どもたちに「(命を)いただきます」「ごちそうさま」の意味や皮革を通じた「命の尊さ」を伝えたり、下伊那農業高校でも外部講師として有害鳥獣についての授業をされているそうですね。

木下さん 有害鳥獣はいわば、地域の資源。下伊那農業高校では先生と生徒たちが、その資源をいかに有効に使えるのか、地域の問題をどうしたら解決できるか真剣に考えているからすごいと思うし、僕も刺激をもらってる。「命の授業」は、工場長のくれた言葉を広くみんなに伝えたくてはじめたものなんだけど、皮革や革製品を通してその想いを継承していけたらと思っているよ。

「子どもたちを救いたい」
その想いが新ブランドの立ち上げに

木下さん あと、いま取り組んでいるのが子どもたちの「居場所づくり」。不登校の中学生で、レザークラフトに興味を持っている子がいて、作り方を教えてあげたら「すごく楽しい」って作業場に通ってくれるようになったの。

写真=佐々木健太

木下さん そのとき、痛切に感じたのが「目の前に困っている子がいるなら、どうにかして助けてあげたい」ということ。僕には経済的な余裕はないからお金でサポートしてあげることはできないけれど、何かできることはあるんじゃないかって。こうしたい、ああしたいって同級生や周囲の人に話していたら「それならI-Portがいいんじゃないか」って担当の内山さんを紹介してくれて、会うことになったんだよね。

━━アイディアがあふれているからこそ、考えをひとつにまとめたり、方向性を定めるのって難しいですよね。I-Portの支援を通じて得られたものはありましたか。

木下さん 「ハナブサレザー」で14年間、細々とやってきて、おかげさまで全国から注文が入って、固定のファンもいてくれる。僕としてはずっとそれでもいいと思っていたけれど、内山さんが言ってくれた
「木下さん、『家業』からそろそろ『事業』になる段階ですね」
って言葉はぐっと心に刺さったね。
誰かを助けたいなら、仕事を増やして「人を遣う」事業にしなければいけないんだなと。革製品の製造を通じて、人材を育成し、雇用を生み出したい。「GAIJYU(凱獣)」を立ち上げた一番のきっかけはそこだよね。

━━製品を作って売ることが目的ではないということですね。

木下さん そう、それが目的じゃない。ちょっとおこがましいかもしれないけど「救いたい」という気持ちが一番かな。いまは、不登校だった教え子ととシングルマザーが作業場に通ってくれて、技術を教えているところ。「GAIJYU(凱獣)」の革製品の製造やパッケージの製造は、不登校の子や障害のある子どもたち、働きたいお母さんたちに仕事として手伝ってもらう予定だよ。ものづくりの楽しさも知って欲しいし、ここが居場所になればいい。
それに、お母さんたちに内職として仕事が出せるようになれば、家で子どもと一緒にいられる時間ができるでしょ?そうなれば、寂しい夜を過ごす時間が減って、きっと、救われる子どもたちがいるはずだから。

有害鳥獣の命を敬い、再び自然へ

━━加えて、有害鳥獣を材料に「命を大切に活用する」ということも大きなテーマになっています。実際に長野県内の有害鳥獣の数って多いんですか?

木下さん 全国的にみて、1k㎡あたりに鹿1頭っていうのが農作物も荒らされず、お互いに平和に暮らすことのできるベストな状態。でも、いま北信地域では1k㎡あたりに50頭、南信では20頭くらいの鹿がいると言われている。だからめちゃくちゃ多いってことだよね。困るのは、戦後に植えられた杉やヒノキの人工林に、食害やツノ研ぎによる枯死など深刻な被害が広がっていること。しかも、有害鳥獣として捕獲されても、処分される部分が多くて、活用されていないのが現状なんだよね。

━━野生動物の肉を「ジビエ」として売り出している地域もありますが…。

木下さん それでも食肉として食べられているのは20%以下。有害鳥獣の利用を積極的に推進している奈良県の五條市で、多くて50%くらいかな。それ以上に皮革はまったく活用されていなくて、ほぼすべてが処分されている。皮革の利活用については、全国でも成功例がないんだよね。

━━皮革なら使い道も多そうな気がするのですが、どうしてですか?

木下さん 例えば、肉ならバラしてそのまま焼けば食べられるし、ツノや骨ならそのまま飾りにすることもできる。でも皮革は、生のままでは絶対に使えなくて「なめす」という専門の工程が必要だからお金がかかっちゃうんだよね。飯田市には「メルセン」さんっていうなめし工場があって、今回のプロジェクトにも力を貸してくれることになっているから恵まれているけれど、全国で有害鳥獣の皮革を使って事業として成功している例はひとつもない。まあ、だからこそチャンスなんだけどね。

━━確かに、大きなチャンスですね!

木下さん 幸いにも僕には、ベルトメーカーで培ってきた大量生産の知識やノウハウもあるからね。いまは、誰でも簡単に作業ができて、いかにかっこいいものが作れるか考案中だよ。

━━皆さんに技術を伝え、革製品の製造を継続的に行うことで居場所や働く場所、やりがいを生み出すということですね。

木下さん 僕はもともと独学でやってきたタイプだから、少し前までは「人に技術を教えるなんて絶対にイヤだ」「商売敵も増えるし」って思ってたんだよね。
でも「GAIJYU(凱獣)」のおかげでそれがどんなにちっちゃな考え方だったか気付かされた。それぞれの個性を活かして革職人として活躍できる人が増えれば、地域に文化が生まれるし、多様な働き方が生まれるかもしれない。
僕自身の意識も変わったし、一歩成長できたと思う。「生命の皮革に魂を吹き込み、再び自然の中で活躍できる姿に」という核の部分は変わらないけど、戦術はこれからもどんどん広がっていくんじゃないかな。

写真=佐々木健太

━━「GAIJYU(凱獣)」のメイン商品を“刃物ケース”にしたのはなぜですか?

「ハナブサレザー」の財布やバッグのように、僕個人に作って欲しいオーダーメイドの商品とは違って、いろんな人が携わるなら、ある程度は量産する必要が出てくる。そうなると個人より法人に売った方がいいんじゃないかって考えたんだよね。ナタやオノ、剪定バサミみたいに、農林業のプロが使う道具がターゲット。長年遣うぶん、こだわりの道具を購入する傾向が強いから、そこに合わせられるケースがあればいいなと思うし、自然と向き合う仕事をしている人にこそ使って欲しい。メーカーでオリジナルのケースを作ってもらって、刃物とセットで売ってもらえたらベストだよね。

━━デザインや個性という意味では、どんな商品を創出していきたいですか?

木下さん コンセプトは「唯一無二」。あとは、野性味ふれるもの、命を感じられるもの。たくましく生きてきた野生動物の皮革を使うから、自ずとパワーはあると思うけど、そこをしっかり感じられるデザインにしたいね。そしていずれは「自然に還るもの」にしたい。糊は薬品ではなく松ヤニを使ったりして、作り手としてとんがった部分も追求していきたいね。

野生動物の革ならではの傷もそのまま生かすことで野性味を表現
(※写真は「ハナブサレザー」の商品) 写真=佐々木健太

━━今回、I-Portの支援を受けて良かったと思うところはありましたか?

木下さん 良かったことは、担当者の内山さんと出会えたこと。個人で形にしていたら、多分こんな風に裾野はひろがっていかなかったと思う。意識を変えてもらったし、色々な人と引き合わせてもらえたのも良かったね。加盟団体のひとつ・日本貿易振興機構(JETRO)にも紹介してもらって、姉妹都市のハンガリーなど欧州市場への展開も目指してるよ。

━━今回の新ブランドの立ち上げに際して、資金的にはどのくらいかかりましたか?
木下さん この制度で金融機関から300万円借りたので、その中でやっていこうと思ってる。いまは、ブランドのコンセプトに奥行きと厚みを出すために、色々なところへ出向いて勉強しながら「GAIJYU(凱獣)」というブランドを見つめ直してコンセプトを固めているところで、主にその交通費に使っている感じかな。

━━「ハナブサレザー」を立ち上げたときと、新ブランドのスタート時で、意識の違いはありましたか?
木下さん 意識の違いかどうかはわからないけれど、僕にとってはいまが一番楽しい。だって「ハナブサレザー」をはじめた時は、お客さんもいない、仲間もいない、相談する人もいない状態でマイナスからのスタートだったから。でも、いまは14年間培ってきた人脈があるぶんゼロではないし、いろんな人が力をくれるから本当に楽しいよ。そういう意味でも、いまは次の階段へのステップで、10年後にはまた違う階段が出てくるんじゃないかなって期待してる。

━━良い形でスタートを切った新ブランド「GAIJYU(凱獣)」ですが、今後の目標を教えてください。

木下さん これまでボランティアに取り組んでいた時は「自分ひとりでも、頑張ればこれでいい」と思っていたけれど、それにも限界がある。社会貢献とビジネスがきちんと結びついて、みんなが幸せになれる、そんな循環システムを作りたいと思うよ。
利益ばかりを優先してしまうと絶対に「良い商品」はできないから、手間を惜しまず、いい商品をたくさんの人に届けたい。たとえ利益が少なくても、それをすることが世の中の役に立ち、地域の課題を解決できるならそれでいいしね。数字じゃない部分で違う力が働いて、応援してくれる人が出てきてくれるはずだから。

━━いよいよ、これからは「経営者」ですね!

木下さん そんな堅苦しい言葉は嫌いだけど、みんなを幸せにしてあげられる経営者ならなりたいかな。
あのとき、工場長が僕の夢を助けてくれたから、いまの僕がある。だから今度は、僕が近くにいる困っている子どもたちを助けてあげる番。技術を教えた子どもたちが生きがいを見つけて、また次の世代の困っている子どもたちに想いと技術を伝えていってくれたら、こんなに幸せなことはないよね。

写真=佐々木健太