「studio.OHANA」として保育園を中心に動画の撮影・編集を行っている、フリーランス動画クリエイターの杉山美歩さん。2022年に家族とともに飯田市へ移住し、翌年「令和5 年度ビジネスプランコンペ(以下、ビジコン)」に参加して起業家部門で入賞を獲得。子育てをしながら、自身のやりたいことに向かって着々と歩んでいる杉山さんに、これまでのことやこれからのことについて話を聞きました。
ハレの日も日常も、定額サービスで動画撮影を〜コロナ禍の出産育児をきっかけに、独自サービスで創業│「studio.OHANA」杉山美歩さん(飯田市大久保町)

保育園での子どもたちの成長を動画に残し、家族に届けたい
━━今日は、杉山さんの撮影現場の一つである社会福祉法人 和順福祉会「羽場こども未来園」にお邪魔しました。子どもたちが賑やかで、ここにいるだけで元気をもらえますね。杉山さんは、今年の4月からこちらの園で撮影を行っていると伺いましたが、そのほかの仕事も含めて、「studio.OHANA」としての最近の活動状況について詳しく教えていただけますか。
杉山美歩さん(以下、杉山) 今はおもに保育園事業をメインにしていて、こちらの保育園や飯田市「遠山郷ショート留学(※)」のプロモーション用動画の制作、写真館との連携で保育園、幼稚園の運動会などの撮影をしています。
また、個人向けに、家族の思い出を残すための動画の撮影もお受けしています。記念日はもちろん、自宅で過ごすようすや近所の公園で遊んでいるようすなど、何気ない日常を撮影させてもらったりしていますね。
※飯田市内の山間部にお試し移住をして、山間部にある保育園での保育が体験できるプログラム。最短7泊8日、最長1カ月間の体験が可能。Instagram

杉山美歩(すぎやま・みほ)
群馬県中之条町生まれ。東洋大学生命科学部食環境科学科を卒業後、埼玉県のエステ会社に就職。保育園やウェディングなどの動画編集を行う映像制作会社、東京都の音響照明会社の映像制作部署で経験を積んだ後、2022年12月に横浜市から夫の地元である飯田市へ移り住み、「studio.OHANA」として独立。保育園の動画制作をメインに、活動の幅を広げている。
━━つまり、保育園関連のプロモーション用動画制作、保育園の運動会の撮影、個人向けの動画制作の3つが仕事のおもな柱となるのでしょうか。
杉山 はい。あとはウェディングのエンドロールの映像制作を業務委託で請け負うこともあります。結婚式当日に撮影した素材を式の最中に編集して、式の最後に上映するという仕事です。大変ですけど、「これも勉強だ」と思って。
━━幅広く活動されていますね!令和5年度のビジコンでは、動画制作の定額サービスを展開するという事業内容も発表されてましたね。
杉山 はい。定額で保育園での日常のようすを撮り下ろした動画をご家庭にお届けするサービスを考えて、ビジネスプランとしてビジコンに出しました。
たとえば給食のとき、子どもたちは最初からスプーンやお箸が使えるわけではないですよね。先生たちの指導によって、(スプーンの)上持ちから下持ち、それからお箸という順番で使えるようになります。親が興味をもって勉強していない限り、「いつの間にかスプーンやお箸を使えるようになっていた」と子どもの成長に気付けないことも。仕事をしながらだとなおさら、そうした子どもの成長を見逃しているお母さんやお父さんがたくさんいるんじゃないかと思うんです。写真でも伝わりますが、動画で残せたら腕の動きの変化まで届けられますから。
━━たしかに、写真と動画とでは情報量が全然違いますね。働くお母さんも増えてきているし、需要はありそうです。
杉山 保育園の先生たちが撮った写真を写真館が販売するサービスもありますが、それは先生たちが本業の合間を縫って撮ったものなので……。写真や動画に携わる人間として私ができることは、忙しい先生たちの代わりに子どもたちの撮影することだと思い付きました。今、5歳児の子育て中なので「ここは写してほしくない」といった親目線もわかりますし、保育園の撮影に携わってきたこれまでの経験から「先生たちの目線」もわかるのが強みだと思っています。
━━先生たちの目線とは?
杉山 先程のスプーンやお箸の持ち方もそうですが、親は、保育園での出来事は成長の”結果”しか見られないじゃないですか。たとえば、運動会の練習のとき、「バトンはこうやって渡すんだよ」「こうやって腕を振ると速く走れるよ」と先生たちが指導してくれるからこそ、運動会当日に子どもの成長した姿を見ることができます。その過程も親として私は見たいし、届けていきたい。
そして、子どもたちの活動を写真や動画、音声などで客観的に記録して、その子どもたちがどのくらい成長したかを可視化する「保育ドキュメンテーション」という言葉があります。これは保育園の先生たちと保護者との連携を深めるための取り組みです。まだ導入できていない園のほうが多いと思いますが、私がサブスクリプションサービスを展開することで、なかなかやりがいを感じにくく離職率も多いという先生たちの助けにもなれたらいいなと思っています。
━━子どもたちの日々のようすを動画に残すことは、保護者だけでなく保育園の先生たちのためにもなると。
杉山 はい。ただ、まだ十分な営業のご案内をできていない状態です。写真館やいろんな方々に、「初見で受注するのは難しいと思う」とアドバイスもいただいて……。なので今は、ご縁で出会った先生たちに事業のアイディアをお話ししたりして、どのようにスタートを切るか模索しているところです。

“子育てと仕事の両立”という葛藤を経てビジネスプランを思い付く
━━ところで杉山さんは、ご出身はどちらなのですか。
杉山 出身は群馬県の中之条町です。四万温泉という歴史ある温泉地があって、飯田市でいうと遠山郷並みに山々に囲まれた町ですね。高校を卒業するまでそこで過ごして、当時群馬県内にキャンパスがあった東洋大学への進学を機にひとり暮らしをしました。在学中は、同じバレーボールサークルの友人と東京に遊びに行ったりして、アクティブに楽しくすごしていました。
理科の先生になりたいと思い在学中に教員免許も取りましたが、結局卒業後は、埼玉県のエステ系の会社に就職しました。街頭に立って体験のチラシを配ったり、テレアポをしたりする仕事で、仕事は楽しかったのですが、都会には変わった人が多く、街頭に立つということで結構大変な思いをしまして……。環境を変えようとその会社を辞めて、社内で仕事ができる保育園や幼稚園の動画編集をする制作会社に転職したんです。
━━異業種から、グっと今に繋がるお仕事へ!
杉山 元々、教育に興味がありましたから。運動会など忙しい時期にはお手伝いとして撮影もしていましたが、基本的には動画編集をしていました。期間でいうと3年半ほどですね。そのころ結婚して、夫の住んでいた神奈川県に引っ越すことになりました。動画編集を3年以上経験してある程度ソフトが使えるようになり、「実写ではなくアニメーションやプロジェクションマッピングなどをやってみたい」と自分の想いもあって、東京の音響照明会社の映像制作部門に入りました。
その会社は、ホテルのパーティ会場の音響や映像のオペレーションをしていて、たとえば結婚式の入場の際にプロジェクションマッピングを投影するという演出を行なったりしていました。私はそうした場で使われるアニメーションのディレクターとして、企画から納品までをやらせてもらってました。
━━動画とひとくちに言っても、幅広くご経験されてきたんですね。アニメーションの編集を経て、今の活動内容にシフトした理由は?
杉山 自分が母になったのが大きいですね。子どもが好きだし、子どもの成長を残したいと思うようになりました。
加えて、私が出産を経験したのは、2020年8月とちょうどコロナ禍の真っ只中。里帰り出産だったのですが、立ち会いも面会もNG、県外にいた夫さえ産まれてから3カ月経たないと会えない、という状況で……。でも、動画で残しておけば後から家族も見れるので、自分で自分自身の動画を撮り始めました。実際に動画を残してみて、「やっぱり動画は残したほうがいいし、ママと赤ちゃんの自然な表情を撮っておきたい」と改めて思ったんです。

杉山 具体的にこのビジネスプランを思い付いたのは、子どもを初めて保育園に預けたときでした。「自分の目の前で成長していく子どもの姿をもう見れないんだ」と思って、私が泣いてしまって。でも仕事も好きだから、働くのを諦めることもできませんでした。
そんななか、保育園の先生が保護者に向けて、運動会の写真と動画を送ってくれたんですよね。コロナ禍だったので、園のなかで子どもたちが走っているだけだったのですが、「毎月このような動画が送られてきたら、他のお母さんやお父さんも絶対に嬉しいはず」と心から思いました。動画を見れば「子どもは楽しく過ごしているし、頑張っている」と実感できて、成長を見逃すことなく安心して働けるな、って。
━━働くお母さんには、「子どもと一緒にいたい」「働きたい」という別々の感情を抱えて葛藤する人もいるのですね。
杉山 はい。私のように「両方ともやりたい」というお母さんに対して子どもの動画を届けることができれば、そのお母さんが後ろ髪引かれずに仕事に専念できるお手伝いになるのではという自分自身の感覚が、いまにつながっています。

移住後、勤め先を探すなかで“起業”という選択肢が生まれた理由
━━杉山さんが飯田市に来られたのはいつ頃だったのでしょうか。
杉山 育休が明けて約半年が経った頃、2022年の年末です。飯田市出身の夫が飯田市役所に転職したのを機に、こちらへ移住しました。

━━移住するタイミングで独立も?
杉山 そうですね。会社からは「長野市にある営業所で仕事を続けてほしい」とも言っていただけたのですが……。他の社員がリモート勤務をしていないなか、産休育休明けすぐにリモート勤務、というのも申し訳ないと思って、退職しました。
フリーランスになって改めて思うのは、経費精算やスケジューリングが本当に大変だということ。毎月安定して給料が入ってくるということも含めて、会社員という立場は本当にありがたかったなと実感しています。やりたいことをやっているから耐えられますけどね。支えてくれている家族には本当に感謝しています。
━━私も会社員からフリーランスに転身した身なので、痛いほどわかります。起業後に大切なのは、どうやって仕事を獲得していくかという部分だと思いますが、杉山さんは飯田に移住後に独立して、事業をどのように広げてきたのですか。
杉山 2022年の年末に移住して、翌年4月から息子を保育園に預けられたので、飯田市で映像関係の仕事はないかと探し始めました。でもなかなか探し方がわからなくて、飯田市役所の結いターン移住定住推進課を訪ねてみたんです。そのときに考えていたビジネスプランもお話ししたところ、「うちではわからないけど、その需要はあると思うから起業してみたら?」と言われまして……(笑)。それから市役所の工業課の方に繋いでいただき、ビジコンがあることを教えていただきました。
━━だから、移住してすぐにビジコンに参加することになったのですね!
杉山 工業課の方とお会いした際、同席していたi-PORT.Biz編集部の鈴木さんから「ビジコンに応募してみれば?」と背中を押されたのも大きかったです。ビジコン以外では、飯田市で起業をした女性や起業を考えている女性が集う月1回のイベント「起業どうしようかなクラブ(きどクラ)」(共生・協働推進課主催)にも参加しました。
━━アンテナを張って情報を得て、行動して、地域との繋がりを作っているのが素敵です。


ビジネスプランの本格始動を目指して、積極的に活動中!
━━では最後に、今後の事業の展望を教えていただけますか。
杉山 今年は「農村起業家育成スクール」(結いターン移住定住推進課主催)の参加を予定しています。飯田市は民泊事業に力を入れてますが、泊まりに来た人たちの思い出を残すために動画が撮れたらいいなと。私がやりたいことは、家族の思い出を残すこと。「子どもが幼い頃の記録を残しておきたい」という親の気持ちと大人になってからそれを見たときの子どもの気持ち、今はどちらもわかりますから。
家族で旅行をした、ということ自体は映像がなくても記憶に残るかもしれないけど、映像ならさらに鮮明に記録できるので、何年かして振り返ったときに「そういえばあの場所に行ったね」と会話の種になるかもしれません。それに私のように第三者が撮ることで、カメラマンとしてだれかが犠牲になることなく、家族全員の自然な笑顔を残すことができます。
━━民泊を利用して飯田市に遊びに来た家族にご案内する、現地のオプションプランという感じでしょうか。
杉山 はい。あとはやはり、動画制作の定額サービスをスタートさせたいです。価格設定をどうするか、悩んでいるところではありますが。件数が増えてきたら、たとえば「平日に少しだけ働きたい」というお母さんをバイトとして雇ったりして広げていきたいなとも考えているところです。
━━そうなったらすばらしいですね!これからも、杉山さんの事業が広がることで、飯田市で子育て中のお母さんやお父さんの笑顔が増えていくことを願っています。ありがとうございました。
