コロナ禍でのサークル活動で出会えた、「心から夢中になれること」

━━紙バンドのバッグ製作を始めたきっかけは?

片桐 クラフトを始めたのは3年前、ちょうどコロナ禍が始まった頃でした。きっかけはほんとうに、偶然で。毎年、私は自分自身でルールを決めていて、その年は「全部受け入れる」というテーマだったんですが、あるとき月1回ランチをしている友達に「最近何かおもしろいことある?」と聞いたら、「こんな教室に行き始めたよ」と紙バンドのクラフト教室のことを教えてもらったんです。

ボンドガール代表の片桐さと子さん。作業部屋には、バッグの素材となる紙バンドがずらり。

片桐 写真を見せてもらったら、おばあちゃん達がやるようなものではなく、結構おしゃれだったんですよ。とはいえあまり興味が湧かなかったんですけど、今年のルールに従って「やってみたーい!」と乗っかってみたんです(笑)。それで教えてもらったら、初っ端からハマってしまって。「絶対これ楽しいから、みんなでやったほうがいい!」と思って、仲のいい友達を呼んで、6人ぐらいで「ボンドガール」を始めました。

楽しすぎて、毎晩のように集まって作っていましたね。みんなで相談しながらできたスタートがあったからこそ、今があると思います。一人だったら、挫折していたんじゃないかな。

━━そのような状態から事業化していったのは、どのような流れだったんですか?

片桐 最初から私は、ボンドガールというネーミングをブランド化して、みんなで収入が得られるようになったらいいなと思っていたんです。これ売りたい、ずっとやりたいと思ったから。商品が売れれば、材料が買えますからね。練習のときは人にあげたりもしましたけど、割と最初から材料費をいただいて作ったりしていました。ただそうするなかで、サークル内で段々温度差が出てきて……。

━━あくまで趣味として楽しみたい、という人も多かった。

片桐 そうなんです。それで「ボンドガールっていう名前とロゴはもらってもいいかな?」とサークルのメンバーにお願いして、2022年1月に自分だけで独立しました。それから出店を始めて、県外へも足を伸ばすようになりました。

ボンドガールの名前は、紙バンドのクラフトに欠かせない木工用ボンドと、映画『007』のボンドガールから着想を得たもので、ロゴは片桐さんがデザインしたそう。

カラフルで、どこか懐かしい。ずっと憧れていた世界をデザインに

━━片桐さんは兵庫のご出身で、結婚前は大阪で働いていたと伺いましたが、どんな仕事をされていたのですか?

片桐 私は大阪の美術短大を出ていて、卒業後にアパレルファッションのマーケティングの会社に就職しました。大阪梅田のファッションビルのショップの動線や価格帯、顧客ターゲット層のコーディネートからバーゲンセールのお手伝いまで。時はバブル全盛期、なんでもありでしたね。結婚後は仕事を辞めて、子育てに入りました。子どもが生まれてすぐに前夫の仕事の都合で大阪から浪合村に移住して、その後、飯田市に引っ越してきたんです。

━━華やかな世界にいらしたのですね。その当時から、こういうポップな世界観がお好きだったんですか?

片桐 好きでしたけど……。今は違うと思いますが、私が浪合村へ来た30年前はおしゃれをしている人が少なかったんですよね。スカートを履いているだけで、異色の目で見られているような気がして。まわりに合わせて、地味な恰好をするようになりました。

━━ということは、今のようなファッションになったのも、ボンドガールを始めてから?

片桐 そうなんです! これが本当にやりたかったこと。今は毎日、レトロアメリカンに憧れていた子どものころの世界にずっといるような感じです。両親が喫茶店を経営していて、流行りものにも敏感だったのでその影響を受けていると思います。母は手先も器用だったから、縫い物や編み物を全部教えてもらいました。

━━幼いころに培った感性が、まさに今開花しているのですね。今、紙バンドクラフト作家として、どのような一日を過ごしているのでしょうか。

片桐 もちろん家事をしながらですが、基本的には24時間ボンドガールの活動です(笑)。日曜日には夫婦で出店に出かけることも。最初は飯田周辺で出店し始めて、名古屋や岐阜、三重などの都市部にも出かけています。特に飯田のコアファンの方々は、ものすごく熱いですね。バッグってたくさんはいらないと思うけど、その方々はコレクションしてくれるんです。名古屋にもコアなファンがいて「カゴばっかりで置くところがない」と言われたので「それにぬいぐるみ入れたり、トイレットペーパー入れて置いてみたら?」とアドバイスしたりして。

━━どんどん欲しくなっちゃう気持ち、わかります!

カラーもパターンもサイズも多種多様な、ボンドガールのラインナップ。

片桐 カラフルで、どこか懐かしい。毎日使うものだからこそ派手やかに、こだわったもので出かけてもらいたいと思って作っています。紙バンドは材料費も安いので、バッグを作っている人は多いと思うんですけど、私のようにハンドルに皮やデニムを使うなどデザインに凝っている人は、まだそれほど多くはないですね。紙バンドを割いて使うことで、複雑な配色を表現しているのもこだわりです。

━━デザインのイメージをイラストなどに描いてから編み始めるんですか?

片桐 いえ、インスピレーションが降りて来るんですよね(笑)。描き起こさなくても、紙バンドの太さや色合わせが頭の中で組めるから。私、誰でもできると思っていたんですけど、「絶対できない」ってみんなに言われて気づきました。短大に行っているときは、アパレルだったけどクレパスやマッキーで抽象画を描いたり。その頃の経験が活きているのかもしれませんね。

オーダーを依頼されることもあるんですけど、自分のオリジナルを愛してほしいから、その内容がボンドガールの世界に見合わなければお断りしています。売っているのは技術ではなく、あくまでデザインですから。

トリコロールカラーの紙バンドでトートを制作する様子。目を詰めていく作業が、長持ちの秘訣。ボンドガールの商品はお直しも可能。
バッグの取っ手に使っているデニムは座光寺の縫製職人、革は山本の革職人に特注したもの。

ビジコン入賞は「頼もしい後ろ盾」。交流会でのアドバイスから、新シリーズも誕生

出店の際、ビジコン入賞時に贈られた盾を、お守り代わりに持って行っているそう。

━━片桐さんは「2022年度長野県飯田市起業家コンペティション(ビジコン)」に入賞されていますが、応募のきっかけは?

片桐 じつは私、ボンドガールを始める前からビジコン出場に憧れていたんですよ。実際に表彰を見に行ったこともあります。ボンドガールを始めたことで、ビジコンに挑戦するチャンスを掴めました。慣れないパワーポイントを使ってがんばってプレゼン資料を作って……。入賞のお知らせを受け取ったときは、号泣してしまいました。

奨励金を活用してオンラインストアをオープンできたことはもちろんですが、ビジコン入賞という頼もしい後ろ盾を得られたことが、自分にとっては大きいですね。

2023年1月にはビジコン入賞者の交流会にも参加でき、そこでお会いした専門家の方からのアドバイスで紙バンドとレースや羽、デニムなどの異素材を組む合わせた新シリーズ「SPECIALS」を展開しています。通常のバッグよりも価格は高いんですけど、とても好評をいただき、すぐに完売してしまいました。

作業部屋の壁には、アメリカの街やファッションがスクラップされたビジョンボードやハリウッド女優オードリー・ヘプバーンの写真など、片桐さんの好きな世界観で彩られている。

━━ビジコン入賞をきっかけに、事業がさらに拡がっているのは私たちも嬉しいです。ところで、この壁に貼ってあるのはなんでしょうか?

片桐 ビジョンボードです。ブランドを立ち上げていくのに「こうなりたい」「こういうイメージでやりたい」「こういうところに行ってみたい」「こんな女性達に持ってもらいたい」「こんなハイブランドとコラボレーションしたい」などの想いを、1年くらいかけて作り上げました。夢は、ニューヨークで個展をやること。ニューヨークへは行ったことないんですけど、どうしても行きたいです。

━━片桐さんは、こうした明確なイメージに向かってバッグを制作されているんですね。

片桐 お客様へワクワクをお届けするためには、自分がワクワクしていないといけませんから。Instagramの使い方を教えてほしいという子たちがいて、その子たちにも自分をブランディングすることの重要性を伝えています。好きなものは変わっていくものだけど、変わっていい部分と変わってはいけない部分がある。変わっちゃうとファンが離れる原因になっちゃいますから。

━━なるほど、勉強になります。片桐さんの商品は、実店舗だとどこで購入できるのですか?

イオン飯田アップルロード店1階の「break」さんに置いてもらってます。年に何度か、店頭でのボンドガールのイベントも開催予定です。あとはInstagramの情報などをチェックしてもらって、週末に出店している店舗にもお越しいただきたいですね。

出店には主人も同行してくれるのですが、じつは主人は“ボンドパパ”として革の細工のお手伝いなどもしてくれて、大活躍! ボンドガールの活動のおかげで、夫婦の時間も充実しています。 


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