ビジネスプランコンペ受賞も「経営者よりも体操人でありたい」

━━少し前のことになりましたが、ビジネスプランコンペの受賞、おめでとうございます。どのような思いで応募されたのですか?

小林大悟さん(以下小林):ありがとうございます。応募した動機は……たまたま体育館の予約で市役所に行ったときにチラシを見まして、文章を作るのは苦手だけど、大賞が300万と書いてあったので応募してみようか、という不純なものです(笑)。でも、ただ文章を書いて出せばいいのかと思っていたら、飯田商工会議所に行って指導を受けなければいけなかったり規定の書式があるということをあとから知って。それが一週間前だったので、応募が完了するまではかなり大変でした。

アクシス体操教室代表、小林大悟さん。 写真=古厩志帆

━━経営者としての視点は意識されたのでしょうか?

小林:うーん…、経営者って正直よくわからないんです。金勘定するのが経営者なのかとか、指導者と経営者の線引きってなんだろうって悩んだ結果、私は体操の勉強をしようと思いました。一生けん命勉強して、一生けん命指導して、生徒や保護者とコミュニケーションを取ることが、今の自分にわかっていることと、できることです。経営戦略がどうとかではなくて、ただ体操と向き合うことしか考えられないんですよね。経営者ってなんだろうと考えながら体操を教えて、いずれ経営者的な視点を持つようなれればよいのかな。

経営者になったら教える時間が減ったり、情熱も傾いてしまいそうな気もします。一生けん命教えるということが一番シンプルな戦略で、自分に合っているかなと思います。

━━受賞されて反響はありましたか?

小林:保護者の方たちがすごく喜んでくれて、ケーブルテレビに出たのをDVDに焼いてくれたり、新聞の切り抜きも何人もの方が持ってきてくれたりしました。素直にうれしかったです、身近な人たちが気にかけて喜んでくれるというのが。

ただ、自分自身としては、舞い上がらないというか、周りから「すごいですね」というような声を掛けていただいても、ブレずに体操を教えるということに集中できるシンプルで単純な人でいたいという気持ちが強いです。

人生を決めた、恩師との出会い

━━どのような経緯で「アクシス体操教室」をはじめられたのでしょう。

小林:私が体操を始めたのは一歳のときです。中学時代までは長野市の体操クラブに通っていましたが、県内でもパッとしない選手で。自分の実力をもっと伸ばしたいと思い、高校は青森山田高校に進学し、大学は系列の青森大学に行きました。

もちろん、体操選手としてオリンピックに出たいという目標はありましたが、一方で、小さい時から体操の先生になりたいという夢もありました。小学校3年生の時に、私の恩師となる先生に出会っているんです。その先生が、ほんとうにしょうもないことでも一緒になってばかをしてくれるすごく面白い先生で。体操の指導も熱心で、すごい生徒も輩出していて、こんな先生になりたいなと思っていました。

幼いころから体操に取り組んできた。 写真提供=アクシス体操教室

━━身近に憧れる存在がいたんですね。

小林:いまだによく飲みに行ったり家に遊びにいったりするお付き合いをさせていただいています。いつも、ふざけているけど真剣なんですよね。体操以外のことも詳しくて、人としてすごく魅力があって、いろんな話ができて、でも一番真剣なのは体操のことで。

その世代の方たちが今の長野県の体操を作ったと思っています。先生はいまはもう仕事として体操にたずさわっていませんが、その人たちの夢を僕らが背負ってやっていかなければいけない、というのも体操教室を開きたいと思った動機の一つです。

━━小林さんは長野市のご出身ですが、なぜ飯田だったのでしょうか?

小林:妻の出身がここ飯田でして。妻も体操をやっていて、一緒に体操教室を始めるつもりで飯田にきました。飯田に来る前は、長野市で会社員として体操教室の先生をやっていたのですが、大会などで家を空けることも多くて。自分に子どもが生まれてから、他の家の子どもの面倒をみて朝から晩まで働いて、自分の子どもに会えないというのはどうなんだという想いが出て来て、二人でやっていこうと決めました。

━━立ち上げは大変でしたか?

小林:最初は飯田市の体育館を借りて、器具や道具も手作りでやっていました。スタート当初は保育園や幼稚園に営業に行くようなこともしていたけれど、その時間を割くことがもったいなく思えて。営業に行く時間があるなら、自分がもっと体操のことを勉強して、もっといい指導ができるようになって、体操を通して教育をするということに力を注いだほうが、結果自分のためにもなるし、生徒や保護者の方の信頼を得られるのではと感じたので、生徒の募集は基本的に口コミやチラシのみになりました。

古い工場を改装し、新設された体操教室の様子。つり輪や段違い平行棒、平均台など、体操競技で使用されるさまざまな器具で練習する環境が整った 写真=古厩志帆

━━すでに、生徒さんは70人になるとか?

小林:新しくアクシス体操教室の専用体育館を作ったのは、有難いことに生徒さんが多くなりすぎて市の体育館だと手狭になったからです。今年の目標は生徒数80人ですが、手が届いてきていると感じますね。数年後には150とか200人くらいにはしたいです。

ただ、正直、設備としては最新からするとまだまだレベルは低いと感じていて。マットにはベッドのマットレスを使っているところもありますし、試合では使わないような道具を使ってもいるので、もっとしっかりしたものが欲しいという気持ちはあります。

一方で、この環境がいいとも思っています。イメージ的に体操の「研究所」なんです、ここは。たとえば、バク転や宙返りをするときの安全装置として、本来ならば「ピット」と呼ばれるスポンジのプールのようなものが欲しいところです。しかしピットを置くと、指導者はスポンジのプールの中では立てないので、補助に入れなくなります。指導者の立場からすると、補助をすることでどこがまわってないのか、それは体なのか足なのかがわかったり、どこが悪いのかが見えたりして、教え方の原理が見えてくるんです。

そういう意味でも、この環境でどのくらいの技が教えられるのかが楽しくて。今日はどこを補助しようか、腰をまわすのか胸なのか腕なのか、あるいはひねりを加える補助が必要なのかなど、技を分解して指導の方向性を考えるところに時間を割く。そのおかげで私自身、この3年で教え方や補助する力、技を分解して考える力がついて、すごくスキルアップしました。

運動能力が低下する時代。まずは「軸」を養うことから

━━アクシス、というのはどういう意味ですか?

小林:アクシスは「軸」という意味です。私は体操を通して出会った人や、教えられたことで自分自身の軸を培ってきました。だから、その軸から外れないようにシンプルに体操を通して人を育てたい。そこは死ぬまで徹底したいことなので、右往左往しちゃいけないし、している暇もない。一番は、体操を通して教育をしていくこと、人を作るということをしていきたいです。

今の子どもたちは、走り方も、もっと言うと姿勢も悪くなっている気がします。おなかが出ている立ち方が多くて、そういう立ち方をしているだけでも運動能力は伸びません。子どもたちの体を観察すると、土踏まずがない子も多いですね。結果体力がなくなり、転ばないから痛みにも弱くなってしまう。

世の中は便利になっていますが、いざという時に、危ないことに対して自分で判断できるかどうかということはとても大事です。そういう意味では、ただ体操を教えるだけではなくて、その体操にどういう意味を持たせるのかも指導者として大事なところだと思います。

道具の準備やセッティングも子どもたちが自ら行う。道具を正しく扱えるようになることも体操の重要な能力の一つ 写真=古厩志帆

━━2020年には東京オリンピックが控えていますが、選手の育成についてはどうお考えですか。

小林:もちろん体操選手として、世界で活躍できる選手を育てたいとか、教え子が体操にたずさわってほしいという想いはあります。でもオリンピックに出たい子もいれば、ただ体操が好きでやりたいだけの子もいるわけで。だから、自分の思いで固めてしまってその子の可能性をつぶしてしまうようなことはないようにと思っています。

私は、体操を通して生きる力を育てたいと思っています。人としてしっかりしていないと体操やスポーツはできません。あいさつができるとか、人としての基本ができないのに一流にはなれないですよね。どんなにすごくても憧れる選手ではない。

さらに体操は、技の美しさも求められるスポーツです。つま先から指先まで神経が行き届いていれば、倒立でだって人に感動を与えることができます。それは普段から繊細に意識を持っていないと難しい。極端な話、自分の靴を綺麗に揃えることができない、そういう意識を持つことができない人は、つま先を綺麗に揃えることもできないと思うのです。

一見体操に関係のないような、教えなくていいことから教えていく、そういう中で子どもが自分自身で考えていけるような指導をしていきたいと毎日考えています。

子どもたちこそ飯田市の活力

━━飯田市での生活はいかがですか?

小林:飯田はいい人が本当に多いと思います。自分が出会った人がたまたまかもしれませんが、保護者の方たちも積極的に協力してくださっています。新しい体育館を作っている時も、私が大会などでいない間も保護者の方が作業をやってくださったりして。広いところで子どもが体を動かすところが見たいという、その一心で関わってくださっています。体育館の上が私たちの居住スペースなのですが、その引っ越しも保護者の方がクレーンで入れてくれたり荷物を運んでくださったんです。そういう方たちがいなかったら、ここまでできませんでしたね。

周りにいい人がいっぱいいるから頑張らないといけない。大変です(笑)。子どもたちや保護者の方々、飯田商工会議所のみなさんたちが「大悟がんばれ」とケツをたたいてくれる。だから、どんな形になるかはわからないけど、自分らしく恩を返していきたいですね。

開校当初、手作りの跳馬を使っての練習の様子 写真提供=アクシス体操教室

━━これからの目標は?

小林:独立してから、自分自身の体操の世界が広がったと感じます。勉強すればするほど、世界が広がって、逆に体操を知っていると思っているパーセンテージが落ちていっています。20歳の時は選手として50くらいは知っていると思っていましたが、体操の先生として教え始めて15くらいに落ちて、独立した今は5パーセント以下くらいでしょうか(笑)。だから、もっといろんなことができると思うし、可能性があると思います。

今、長野県のジュニア強化にも関わっているので、体操選手の育成という点では、長野のいろんな先生と連携しながら世界で戦える選手を育てたいです。南信は体操ができる環境は少ないですし、人口も減っている中で自分のクラブだけにこだわってもあまり楽しいと思えません。長野県全体で、みんなでどういった指導をして、何年後に長野県のレベルをあげて、そのなかでオリンピック選手を出すということを考えていると面白い。一人だけ強い選手を出せばいいわけじゃなくて、継続的に常勝できる長野県の体操界を背負って行きけるようになりたいですね。

写真=古厩志帆

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