前編はこちら→「ずらし」てみたら、出会えた理想郷。映像プロデューサーがたどりついた、自給自足のリモートワークライフ|髙居覚さん(飯田市竜丘)

狩猟や稲作の技と喜びは、人間のDNAにインプットされた感覚

――農業はこちらに来てから学んだのでしょうか。

髙居覚(以下、髙居) そうです、完全に初心者ですよ。集落の組合に自然と加入することになって、水の使い方をはじめ、田んぼの代かきの時期などを事細かに教えていただきました。

――田んぼは1枚で成立しないから、情報共有や取り決めを理解しておくことが大事ですよね。

髙居 「このエリアでは何時に水を入れる」といった決まりがあるので、組合に入ったことで、農作業が共同作業になりましたね。

――農機具はどのように手に入れましたか。

髙居 じつはここ、農機具付きの家だったんですよ。耕運機が付いていたので、使い方も教えてもらって。ビーバーもこちらに来て初めて握ったんですけど、それも教えてもらいました。

 一方で田植えをしたときに感じたのは、稲作はDNAにインプットされている、誰に教えられるわけでもなくできる行為でもある、ということ。私は狩猟もやっているんですけど、獣を仕留めてさばいたり、田植えをしたりする行為は、太古の昔から続いているものなんだなと。歩くとか寝るとか、光を浴びて気持ちいいとか、そういったプリミティブな感覚と同じで、元々インストールされているものではないかなと思うんです。


ーーその感覚、じつは私も移住者なのでよくわかります。稲作の技術の細かいところというよりも、お米が収穫できたときのしみじみとした安心感は、他の作物にはない特別なものがあると、南信州で米づくりをして実感しました。

おもに奥さまが管理している畑では、自然循環型農法「菌ちゃん農法」で野菜を育てている。

困りごとの”ソリューション”が半径1㎞圏内にある暮らし――このコンセプトに至るきっかけは?

――話題は少し変わりますが、髙居さんは地域の獅子舞や行事にも積極的に参加するなど、移住者として「地域に入っていく」という意識をとても大事にされているようですね。その意識は最初からあったのでしょうか。

髙居 はい、そこは最初から、むしろそうありたいと意識していたことでした。


 私たちは「田舎ならではの干渉から離れて、ひっそりと暮らしたい」という憧れを抱いて来たわけではなく、むしろ地域に入って、そこの土地を守っていきたいと思っていました。自給分だけですが「農業従事者でありたい」という気持ちがあったので、そのためにも地域に入ることは義務だとさえ感じていましたね。

 じつは、妻が誰とでも仲良くなれてしまうタイプで(笑)。そのおかげで、心理的なハードルも全然なかったのはとてもありがたかったですね。また、子どもがいたのも大きかったです。この地域では未就学児が少ないので、みんなの孫という感じでかわいがってもらえて、その恩恵で私たちも自然とみなさんとの会話がはじまりました。

――それは最高ですね。

髙居 いわゆる田舎のご近所付き合いを警戒される方は多いですが、私たちにとってはむしろ良かった点ばかり。水管理や草刈りといった共同作業はもちろんありますが、そうした野良仕事を通して地域の仲間に入れてもらえていると、たとえば「薪に困ってます」と言ったら「薪は誰々さんが持ってるよ」という感じでわらしべ長者的にいろんなものや情報が集まってくるんです。


 これはレヴィ=ストロース(※)的な考えなのですが、物々交換をすることで価値がでてくる、対価を求めるのではなく、情報を交換したっていい。「お野菜が余ったから持ってきたよ」なんてところから会話がはずんで交流が生まれます。


※レヴィ=ストロース・・・フランスの社会人類学者、民族学者。物々交換について「たんなる経済的交換ではなく、それによって連帯を形成し、維持する作用がある」と提唱した

――地域では、スマホの使い方を教えてあげることかもしれない。

髙居 はい。こちらに来てDIYも趣味になりまして、近所のお宅を少し直したら、代わりに野菜をいただいたこともあります。電気工事士の資格を取ったので、蛍光灯の工事の依頼が入るかもしれません。「そこの雑木を伐ってよ」と言われたら「お安い御用です」とチェーンソーで伐採して、「じゃあ薪にしていいですか」みたいな。


 別のあるときには、餅をつくための臼と杵を探していて、組合の新年会でそのことを話したら、隣に座っていた方が「うちに石臼があるよ」と。行ってみたらその石臼はかなりの重さだったのですが、結局運搬まで近所の方々が手伝ってくださり、さらには伸ばし棒やもち米までいただいてしまいました。杵は自分で作ろうと思って丸太を探していたら、近くで木を伐っていた隣の組合の方がくださったり……。

――なによりのエンタメですね、日常が。

髙居 ですよね。もう、半径1㎞くらいで世界が成り立っているんです。「〇〇が欲しい」と思った段階で、そのソリューションは近所にある。検索エンジンを使って探すよりも早いんです。

――世界中につながるインターネットでは探せないものが、半径1kmのなかにある。

髙居 そうですね。それが地域に入る醍醐味なのではと思います。地域に入れば入るほど、このように、互いに支え合う充足感を味わえる。人間的な関係の生産活動をしている、という感覚があります。

髙居さんがいちから手作りしたという鶏小屋には、5羽のニワトリが。
ロッキングチェアは、木材をアイロンで曲げ加工したあとに柿渋を塗って仕上げたもので、座面は鹿の子編みにしている。そのほか、囲炉裏の排気ダクトやキッチンテーブル、トイレの扉、屋外のベンチなど、住まいを取りまくさまざまなものを自作している。

移住候補地としての飯田市のポテンシャルは?

――そういった関係性があれば、例えば地震などの災害時のレジリエンスにもなりますよね。

髙居 そうですね。都会はどちらかというとストック型なのかなと思っていて。人の入れ替わりが激しい分、人間関係の構築って難しいですよね。私はずっとマンション暮らしだったので、隣近所の人をよく知らなかったし、もちろん組合にも所属する意味もなかった。なので、自分と家族の身を守るためのストックをしてました。でも、ここではお世話になってる人の顔を想像しながら、共に助け合うという考えになってきています。

 そしてむしろ、何かあったら内へと守るのではなく、外へと駆けつける。この間、ご高齢のおばあさまの家の屋根に竹が倒れてきていたので、それを切ったらすごく喜んでくださったんですよ。見返りをまったく考えずに行動できるようになれたな、と思いました。

――すでにたくさんの魅力を教えていただいていますが、最後に髙居さんがいま感じている、飯田市での暮らしの魅力を教えてください。

髙居 こちらで知り合った友人にも「飯田市のどこがいいの?」とよく言われるんです。病院やスーパー、ガソリンスタンドなどがある程度揃っているという都会的な部分がありながら、少し離れると、この竜丘地区のように閑静な環境が手に入るというところですね。

 「市内のもっと便利な場所に住まないの?」とも言われますが、それはすでに都市部で味わってきたものだから、わざわざここで再現する必要はないなと。「日照率が高いから、飯田っていいよね」と言うと、みなさん「は?」という反応になります。でも、私にとっては、そういう答えになってしまうんですよ。


 なにせ、スタジオ勤務という仕事柄もあり、私の職場はずっと地下で太陽光の入らない場所。そこで働いてきた私からしたら、日照率が高く太陽の光を浴びられるここは、何よりも素晴らしいエリアなんです。

――髙居さんだからこそ実感される、飯田市の魅力ですね。

最後に、髙居さんのように都市部から飯田市への移住を考えている方へ伝えたいことは?

髙居 リモートワークができる環境のある方に限られますが……。飯田市は東京から高速バスで片道4時間半ほどかかりますが、移動中でも仕事ができるんです。移動も仕事空間と捉えていて、物理的な距離はそれほどハードルにはならないとも感じています。

今、「東京から脱出する」といったムーブメントが起こっているので、移住の候補地の1つとして、「飯田市は結構いいバランスで整ってますよ」ということを伝えたいですね。都会にないものがたくさんあります。

――ありがとうございました。