毎日、6キロのランニングで体型維持。
「全身で似せていく」ものまねを

━━今日、はじめてショーを見せていただいて、驚きました! お顔はもちろんそっくりですし、体型も含めてすべてが似ていて……。さすが、ものまねのプロとはこういうことなんですね。

ニッチロー’(以下、ニ) ありがとうございます。僕はイチロー選手と身長も180センチと全く一緒なので、正直顔よりも体型の方に自信があるんです。顔が似てるって言われると、逆にホッとしますね。

ニッチロー’さんの出身校である、川路小学校で開催された地区文化祭「芸能発表会」にて。観客と余裕でコミュニケーションを取る姿はまさにイチロー選手そのもの。写真=内山温那

 

━━「地元出身のビッグスターが来る」という緊張感が、体育館中に漂っていました。でも、ショーの間は言葉を発しなかったニッチロー’さんがトークタイムで喋り始めると、おしゃべりの方も面白くて(笑)。すっかり会場の空気も和んでいました。

ニ 知っている人たちが見に来てくれているのは、嬉しい反面、昔の自分を知っている人が多いと思うと照れ臭い気持ちがいちばんですね。いつもとは違う緊張感がありました。

小学校時代の恩師が飛び入り参加。「今村くん(本名)は小学校6年間半袖半ズボンだった」と、衝撃の(!?)エピソードも披露された。写真=内山温那

━━ニッチロー’さんと言えば、「中身から似る」ために朝カレーを食べたり、某栄養ドリンクを愛飲したりといったことで知られていますが、体型維持のためにはどんな努力をされているんですか?

ニ 「毎日続ける」ということの積み重ねが、イチロー選手に繋がっていくと思うので、だいたい毎日6キロはランニングします。地方に営業に行った時も、走れる時は毎日走りますね。ただ、これは努力というよりも、仕事の一部という感覚です。これをしないと、仕事が来ませんから(笑)。今の自分があるのはイチロー選手のおかげだし、両親がこの顔とこの体に産んでくれたので、最後の仕上げとして自分を奮い立たせるという意味でもトレーニングは重要ですね。

━━毎日ランニング6キロ! もはやアスリートですね。足のもものあたりと、お尻のこのラインとか、本当に似ています。

ニ イチロー選手はここがミソですよね。体型維持にはやはりランニングが良いんです。やっぱり顔だけで通用するとは思っていなくて、全体の雰囲気で似ていると見せている感じです。

「筋肉がつきすぎても似ないので、トレーニングの加減が難しい」(ニッチロー’さん)。引き締まった美尻は、日々の鍛錬のたまもの。写真=内山温那

「演出」に目覚めた学生時代。
“イチロー選手似のカフェ店員”からものまね芸人の道へ

━━いつごろから、ものまね芸人を目指そうと思ったのですか?

ニ 初めはどちらかというとテレビの裏方の仕事について、CMを作りたいなという気持ちがあって。高校ではサッカー部に入っていたんですが、文化祭で部活ごとにクラブ発表があって、僕はその演出担当でした。

━━野球部ではなく、サッカー部だったんですね(笑)。ちなみにどんな劇を演出されたんですか?

ニ ここでは言えないような、恥ずかしいやつですよ(笑)。このタイミングでこういう音楽を流す、みたいな、音楽とコントを合わせたようなものでした。それでも結構好評で、出し物の人気投票では2年連続で優勝も果たしました。昔から、そういうことを考えることが好きだったんです。

写真=内山温那

━━自分がイチロー選手に似ているというのは、いつくらいから意識し始めたのでしょうか。

ニ 28歳ぐらいの時ですね。高校卒業後に上京してからは、テレビのプロデューサーやディレクターを育てる専門学校に行ったんですけど、裏方から表方に興味が湧いて、モデルや俳優に憧れていた時期があったんです。でも「いつまでも夢を追い続けているわけにはいかないな……」と思って、カフェで働くようになって。そのカフェのお客さんから「イチロー選手に似てる」って、毎日のように言われるようになったんですよ。そこまで言われるんだったらと、キャップ被ったり、イチロー選手っぽいポーズを取ってみたり、少しずつマネをしてみるようになりました。

初めは店だけでやっていたのが、路上に出るようになり、仕事の前にパフォーマンスしてからお店に行く、という感じで、徐々に前へ前へと(笑)。それでも、最初に外でものまねをした時の緊張感は今でも覚えています。2009年のWBC(ワールドベースボールクラシック)の東京ドームでした。

━━一番盛り上がっている場所だし、注目を浴びること間違いなしですね。

ニ まだその時はTシャツとキャップ、ホワイトジーンズをはいてバットを持っているくらいでした。それでもやっぱり、場所も場所なのでかなり注目してもらえました。人前に出たいと思いつつも、恥ずかしい気持ちもあって……と、最初は矛盾した思いがありましたが、何回か重ねるごとに、大丈夫になっていきました。

背番号はイチロー選手の「51」ではなく「5.1」。理由は「51は僕には重すぎるから」とのこと。写真=内山温那

━━経験を重ねて自信をつけていったと。

ニ そうですね、自信を持ってやるとお客さんもどんどん集まってくるし、やっているうちに、芸人でやっていけるんじゃないか、と。「じゃあ、芸人になろう」と一念発起してカフェの仕事を辞めたのが、ちょうど震災の年。そのときは事務所にも所属していない路上パフォーマーでしたし、仕事もないのでどうしようと思ったけど、時間はあったので、シアトルに行こうとなって、7月に行ったんです。それで、「あの失敗」をして……。

━━イチロー選手と松井秀喜選手が対戦したマリナーズ―アスレチックス戦で、全身ユニホーム姿のニッチロー’さんが観客席から身を乗り出して、インプレーの球を拾い上げてしまった、という事件ですね。Youtubeで見ました。

ニ 転がってきたのがファウルボールだと、完全に勘違いしてしまったんです。とはいえもちろん、してはけないことでした。大ブーイングが起きて、最初はなんのことかわからなくて。警備員に連行されてから、しまった! と気がついた時には、すでに遅し。本当に反省しています。でもじつは……今考えれば、そのことがアメリカでも日本でもニュースで取り上げられて、僕にとっては路上パフォーマーからプロへと一歩を踏み出す大きなきっかけになったのもまた、事実です。

━━どんな失敗がチャンスにつながるかわからない、ということかもしれませんね。

「プロ」の勝負は一瞬。そのひとときに、すべてを賭ける

━━芸能界、特に芸人さんは競争の世界だと思いますが、生き残る秘訣はありますか?

ニ 自分自身を客観的に見たときに、どういう立ち位置なのかを意識することは大事にしています。僕は喋りが得意な訳ではないし、一発ギャグができる訳ではないので、やっぱり「似ていること」を生かす。カメラに映ったときに、そこにイチロー選手がいる、みたいな感じを出せるのが僕の一番の強みだと思います。

球筋を追う目線の投げ方にも、“王者”の佇まいがにじむ。写真=内山温那

━━確かに、ショーの時はしゃべりはなくて、音楽に合わせてイチロー選手の動きを全身で表現されています。

ニ テレビの場合はどうカメラに抜いてもらえるか、がすべて。じつはあまり似ていないと思う、自信のない角度もあるので、常にカメラの角度を意識して、(カメラが)あそこにあるからこう構える、というふうに工夫します。(撮影していたカメラマンに向かって)あ、その角度、ばっちりです(笑)。

写真=内山温那

━━どう映るか、に全神経を向けているんですね。

ニ そうですね、不得意なことを頑張ろうとしてもテレビだと難しいので、その一瞬のために力を注ぐということです。そのためのトレーニングであり、見せ方の追求であり。それにかける時間が一番長いですね。

野球だって、バッターボックスに立って球を打つチャンスは数回しかない。イチロー選手も同じだと思うんです。

飯田市の「焼肉親善大使」に任命。
プライベートでも焼肉が好き

2018年、長野県飯田市で開催された音楽&焼肉イベント「焼來肉ロックフェス」ステージの様子

━━今年6月に、地元であるここ飯田市の「焼肉大使」に任命されました。

ニ はい、もともとは焼來肉ロックフェス(※)に出ることが決まっていて、その関係で声をかけていただきました。インスタグラムで焼肉をした時の写真をあげたり、飯田の焼肉店に行った時の様子を載せたり、SNSでの発信に力を入れています。

※焼來肉ロックフェス・・・人口1万人あたりの焼肉店舗数日本一の南信州・飯田市で開催されている異色のロックフェス。ニッチロー’さんは今年、このフェスにおなじくものまね芸人の「小石田純一」さんとともに出演した。

 

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ニッチロー’さん(@nicchiro5.1)がシェアした投稿

ニッチロー’Instagram公式アカウント@nicchiro5.1より。フォロワーはすでに1万3千人を超えている。

飯田の焼肉といえば、近所の人が集まって、屋外で肉を焼くというイメージ。どこかから借りてきた鉄板とガスがセットされていて、大人たちがビールを飲んでいる。焼肉があるところは楽しいところ、という印象でした。

━━お店に食べに行く、というよりも、鉄板を借りて来て、やたらラム肉やら豚肉やらを焼くというのが南信州の焼き肉スタイルですよね。

ニ そうですね。もちろん飯田では、食べる肉の部位もさまざまあって楽しいんですが、焼肉でコミュニケーション取る楽しさ、というのが一番の魅力かなと。

「焼肉大使」就任記者会見の様子。好きな部位は「牛黒モツ、サガリ、そしてイチロー選手と同じ牛タン」とのこと。(写真提供=飯田市)

━━今でもご自宅でよく焼肉をするとか?

ニ はい、東京の自宅でもよく焼肉をします。機械も室内用のホットプレートだけじゃなく、外で使えるガスのセットも持っています。じつは、器にもこだわっていて。お店ではよく、肉がシルバーの皿に乗って出てくるじゃないですか? あれに肉を並べて焼いたりしてます。あと、ご飯はよく中華料理屋さんで使っているような、青い陶磁器の器を選んで。

━━やっぱり演出するのがお好きなんですね?

ニ そう!形から入るのが好きなんですよね。

━━焼肉のタレも、ご自宅では作るそうですね。

ニ もともと母親が作っていたレシピがあって、今はそのタレを自分でも作っています。飯田の特産のりんごが入っているのも特徴で、これが美味しいんですよ。焼肉で、野菜も肉もそして果物も、地元・飯田のおいしいものを食べ尽くせるんです。

飯田はのびしろがある街。若い人たちに頑張って欲しい!

━━飯田を離れて、改めて感じる地元のいいところはどんなところですか?

ニ なんかゆったりなところじゃないですか。人もあったかいですし、また長野県の上の方(北部)とは違うし、こっちの方言を聞けばほっこりします。ここで育ったからか、空気が合うというか、安らぐんでしょうね。それに、ここにはまだ、外には知られていない魅力がたくさんあると思います。山、川、自然の豊かさもそうだし、焼肉が有名なことも、僕さえ数年前まで知らなかったので。逆に言うと、すごくのびしろがある街だと思います。

出身小学校の校庭にて、懐かしい風景を眺める。写真=内山温那

 

━━まだまだこれから発掘できると。

ニ すごく発達はしてなくていいと思うんですけど、やっぱりこのゆるさ、あったかさを残しながら、今後リニアが通った時にここへ来た人たちに喜んでもらえるものがあれば、いいなと思います。それから、こちらに来てもらうのもいいけれど、いつか僕も東京で、飯田の焼肉の店を出してみたいですね。ある意味こだわりすぎていない、飯田らしい焼肉の楽しさ、おいしさを、多くの人に伝えたいです。

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