「夢」は、描く前に走り出すタイプ。気づけば会社経営者に

日替わり定食。いろどりもよく、みそ汁に小鉢もついて890円の手軽さがうれしい 写真=古厩志帆

━━今日は早速、お食事処・夢の名物である日替わり定食をいただきました。噂にたがわず野菜たっぷり、副菜もたくさんでとても満足感がありますね。常連客も多いという理由がうなずけます。

北村裕美さん(以下、北村) ありがとうございます。うちは本当に行き当たりばったりの店で、こうしてお話してお役に立てるかどうか……。まずは施設の入居者さんに食事を提供するところから、と思ってスタートさせた店なので、オープン初日まで定番メニューひとつ決めていなかったんですよ。

━━看板になる定番メニューなしでスタートですか! それはかなり大胆に感じます(笑)が、たしかにこちらの成り立ちは特別ですよね。お母様が運営するサービス付き高齢者住宅の設立をきっかけに始まった事業だとか。

北村 はい。地方で暮らしていると、一人暮らしなのに大きな家に住まなくちゃならなくて、管理などの負担が大きい、という高齢の方が多いですよね。だから元気なうちにみんなで集まってご飯を食べて、楽しいことをして暮らせる場を作りたい、というのがずっと母の夢だったんです。それでこの土地を購入したときに、隣にあった築約30年の喫茶店も一緒に買ってほしいと言われて。私が調理が好きで調理師免許も持っていたので、「お店、やってみない?」と言われたのがはじまりです。

北村裕美さん。店内の座敷スペースで 写真=古厩志帆

北村 施設の入居者さんに作る食事だから、とにかく固定したメニューがあるより日替わりがうれしいだろう、高齢の方ならガッツリメニューより野菜がいいだろうと、地元でとれる旬の野菜を中心にして、家族の献立を考えるような感覚でメニューを組み立てていきました。
そんなわけで最初は、3種類の日替わりメニューだけ。広告も出さずに手探りでひっそりとはじめて、「今日は一人来てくれた、今日は二人だった」という感じで一人で1ヶ月すごしてから、やっと求人を出しました。

まあ、無謀ということもあるんですが(笑)、家族に負担をかけてまではやりたくないな、という気持ちもあって、こういうスタートの形になったところも大きいですね。慣れていないのに、派手にウェルカムスタッフや目玉メニューを揃えても、結果お客様に期待はずれって思われて先細りしてしまったらもったいないですよね。まずは身の丈で始めて、自分とともにゆっくり成長していくお店にしたかったんです。

主役は私じゃなく「お客様」だから。声に応えて人気企画も誕生

━━開業準備もまさに“身の丈”で行なったとか。

北村 そうですね。当時は事業のために借金をすることにまだためらいもあって。幸い、テーブルは母が買ってくれたので、足りないお皿やコップなどは100円ショップやリサイクルショップに通って集めて。スタッフと「次、売り上げが出たらあのお皿がほしいね」なんていいながら、少しずつ揃えてきたんです。最初は、炊飯器も一つしかなかったんです。

お客様が求めるものに応じて、柔軟にやっていこうというのが、この店の基本ですね。お店のイチオシ、とかじゃなく、みなさんが食べたいものを作るのが一番だと思うんです。現在は定番メニューもできましたが、やっぱり日替わりが基本です。

写真=古厩志帆

━━現在、人気企画のひとつとなっている「バイキング」も、オープンしたあとに発想したものなんですよね。

北村 そうですね。これも最初は、施設の入居者の方たちのことを思ってはじめた企画でした。メニューに選択肢は用意しているものの、やっぱりこちらから提示したものを食べるだけじゃ寂しいかな、週に1回ぐらい自分の好きなものを、好きなだけ取れる楽しみがあるといいかな、と思ったんです。そうしたら予想以上に、一般のお客様にも好評で。今では週2日、バイキングになりました。

━━バイキングは、どんなものが食べられるのでしょう。

北村 日替わりメニューと同じ、旬の食材をいろいろな調理法や味付けでアレンジしながら、多様な味を楽しんでいただこう! という感じです。次から次へ、違うものを出すので、お客様が「また違うのが出てきた、帰れない」っておっしゃいます(笑)。

それでね、なんで木曜日・金曜日かというと、そのあとが定休日だからというのもあるんですよ。私、冷蔵庫はいつも綺麗に、無駄なものは入れておきたくない性分で。もちろん、おいしい食材ばかりですけど、バイキングならいろんな食材が工夫次第で使い切れるでしょう? 仕入れたらできるだけ廃棄せずに使い切る、そんな主婦感覚でみなさんにも喜んでいただけているので、こちらも無理なく続けられています。

━━さらに店内には、お酒のボトルも見えますが、夜も利用できるんですか?

北村 そう、これも「やってほしい」って、お客様から要望があったからね。でも、私も子育て中の母親でもあるので、予約のみとさせていただいています。

━━まさに、お客様の要望に応えることで、導かれるように次の展開に進んでいるんですね。

“予想外”だったコンペ受賞が、さらなる転機に

━━そして今年一番のトピックといえば、やはり2018飯田市起業家ビジネスプランコンペの準大賞受賞でしたね。

北村 コンペへの応募のそもそものきっかけは、ある場所の担当者の方から「テナント出店をしてみませんか」と持ちかけられたことでした。とてもうれしいお話だった反面、ずっと「身の丈」でやってきた面もあって、自信が持てずにそのお話は見送らせていただくことにしたんです。でも、そのとき2店舗目に踏み出せなかったことに、悔しさが残った自分がいて。同時に、「そうか、2店舗目も考えていいんだ」という視点になったときに、「店舗はまだ無理そうだけど、移動販売車ならできるかも」と考えました。

北村 お弁当の注文ももあるなかで、「あったかいものをあったかいうちに食べていただける場があったらいいのに」という思いが芽生えたことに加えて、うちで雇用できる女性たちの人数を増やしたり、活躍してもらえる場を増やしたいという気持ちもありましたね。

━━また、「夢」が一瞬で計画になってしまいましたね。

北村 本当に! ここのお店の名前は「夢」ですが、私自身は自分から何かやる、というよりは、とにかく求められることや、必要なことを形にしていっているだけ、という感覚なんです。夢なんて考えている時間があったら動いた方が早い! そんな性分なんですよ(笑)。
ただ、最初に飯田商工会議所を訪ねたときは、さすがに相談だけのつもりだったんです。それがいつの間にか、「コンペに応募しましょう」ということになって。構想から1ヶ月ぐらいで書き上げたので、まさか受賞できるとは思っていませんでした。

━━覚悟を感じるプレゼンテーションが、審査員の心を動かしたと聞きました。

北村 自信があるように見えたのかな、「うまくいかなかったらどうしますか?」と聞かれて、「売り上げあげればいいですよね」って言っちゃったんで(笑)!

━━おお、すごい! その気合が伝わったんですね。

北村 でも、実際賞をいただいてからが大変でした。「さあ、これで絶対にキッチンカー、やらなきゃいけないぞ」って。ついに初めて、借金もしましたしね。

2019年1月16日に開催された表彰式の様子(写真右から2番目) 写真=飯田市提供

━━キッチンカー始動のために、はじめて融資を受けたんですね。いくらぐらいだったのでしょう。

北村 全部で260万円かな。長野県の創業支援資金を活用しました。

━━加えて、50万円ビジネスコンペの賞金として入ったと。

北村 そうですね。それで動き出したんですが、まず車が見つからなくて。目星をつけていた中古の移動販売車が、たまたまテレビで移動販売車をテーマにした番組が続いた影響で軒並み値上がりになっていたんです。それで急きょ、乗用車だったものを軽自動車に変えて探し始めたり、結局一から作っていただくことにしたりと二転三転があって、許可も含めて本当に全部が揃ったのがオープン直前だったんです。

あと、もしこれを読んでいる方のなかに、移動販売車を新たに始めようと考えている方がいらしたら、「長野県の基準は厳しいよー」と、ぜひお伝えしたいですね。山国だからか、積んでおかなければいけない水の量が他県より多かったり、「もっと調べておくべきだった!」と、勉強不足を痛感させられました。

プレイヤーから経営者へ。次の目標は「女性たちが長く働ける組織づくり」

━━劇的な展開から、無事スタートができたわけですが、現在感触はいかがですか?

北村 おかげさまで、健和会病院さんの前と、飯田市役所にほどちかい「いとうや」さんの一角という、とてもいい立地で出店させていただくことができているので、出だしはとても好調です。販売は最初から、スタッフの子に任せているのですが、初日は素材が足りなくなって3往復するくらいの売れ行きで。スタッフががんばってくれていて、本当にありがたいですね。

━━移動販売車という形ながら「2店舗目」という目標も達成した今、次の「夢」としてはどんな展開を考えていますか。

北村 まずは、始まったばかりの移動販売を軌道に乗せたいです。現在週二回のところを週五回にして、地域に密着した存在になれるようにがんばりたいです。

ヘルシーハンバーグ丼(デミグラスソース)600円。有料のトッピングでチーズや温泉卵などもつけられる 写真=本人提供

北村 あとは私、経営者になりたいんです。

━━すでに経営者だと思いますが……?

北村 なんていうか、私が全部決めなくても回るような、仕組みづくりですね。今まではずっと、事業主でありながら実行部隊という思いが強くて。家族に迷惑にならない範囲で、いかにお客様が居心地の良い場所にできるか、って、それだけでよかったんです。でも今回、ビジネスプランコンペを経て移動販売事業を立ち上げたことで、もう少ししっかりした事業にしていこう、って覚悟ができたのが、本当に大きかったです。店舗の時は母が全部やってくれていた地域の皆さんへの挨拶回りを自分でやったり、事業そのものの見直しもできたり、そうしたなかで、新しい方との出会いもたくさんありました。

これを生かして、もっとスタッフが主体となって、みんなが目標をもったり、輝けるような組織づくりをしたい。でも、どこから手をつけたらいいのか、まだまだわからないんですけどね。

━━キッチンカーの『夢mama号』という名前のとおり、子育てしながら働きたいと考える女性たちの活躍の場に、ますますなっていきそうですね。

北村 私自身は、今三人の子育てをしているけれど意外と「ママだから」という感覚はないんですよ。コンペでも、「若い女性たちを組織化している」なんて評価していただいたことに、自分自身が驚いたくらいで。でもせっかくこうやって女性たちが集まってくれているから、小さな子の子育て時代が終わっても、どんなライフスタイルでも働きやすい職場にしていきたい。そしてスタッフ一人ひとりが自主的にアイデアを出せるような、みんなで作り上げる職場にしたいんです。

今までは、広告とか売り上げの工夫などについては私一人で動いていたんですが、最近はちょっとずつ、スタッフのみんなにも考えてもらうようになってきたかな。そうやって、本当の意味でみんなで夢を形にしたり、夢を広げていけるような場に育てていけたら、と思っています。まだまだ、飯田市や商工会議所のみなさんにはお世話になりそうです!

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