心地よく響く「柔らかな音色」を目指して
花井孝文さん(以下、花井) こちらが私たちが製造している「ハナイオリジナルハンドベル」です。
━━美しいですね……。ハンドル部分に本革が使われていたり、ハンドガードの部分がクリアになっていたりと、デザインもとても洗練されている印象です。
花井 ありがとうございます。音色もぜひ聴いてみてください。
━━幻想的な音がします。メイドインジャパンのイングリッシュハンドベルはとても珍しいそうですね。
花井 現在、イングリッシュハンドベルの製造はアメリカとイギリスのメーカーが大半を占めています。日本ハンドベル連盟からも「ぜひ頑張ってください」と期待されていました。
━━今回完成した「ハナイオリジナルハンドベル」は同連盟からもお墨付きをいただいているんですよね。
花井 2017(平成29)年に1オクターブの製品が完成して披露した際には、高い評価をいただいた一方で厳しい声もありました。その後、設計を改めて周波数なども調整した結果、今回は「音のばらつきが非常に少ない」「世界に誇ることのできる音色」と評価していただくことができました。
━━実際に、奏者からも好評だとか。
花井 2019年11月の「全国ハンドベルフェスティバル」に展示ブースを設け、試打をして下さった多くの奏者の方から好評の声をいただきました。その中で、ある女子生徒さんの「宇宙的な音がしますね」という言葉が印象的でしたね。とても良い感想をいただけたと思います。
花井孝文代表取締役社長(写真=古厩志帆)
20代で社長就任。模索の15年を経て、「社会貢献が実感できるものづくり企業」へ
━━花井さんは2代目の社長と伺いました。就任するまでの経緯を教えていただけますか?
花井 弊社は1967(昭和42)年に父が創業した会社です。当初は時計やカメラの小さいネジを加工していました。私自身は父の跡を継ぐことを決めていましたから、大学を卒業後、修行のつもりでJFEエンジニアリング(当時の日本鋼菅)で働き、1993(平成5)年に帰郷したのです。
━━家業を継ぐことに迷いはなかったですか?
花井 まったくありませんでしたね。父が会社を興してから小学生になるまで、襖を挟んでずっと機械の音が聞こえているような環境だったので、むしろ「父と母を早く手伝いたい」という気持ちが大きかった。ただ、私が帰郷して1年後に父が60歳の若さで急逝しました。その時私は29歳。そんなに早く社長を継ぐのは想定外でした。
━━引き継ぎもほとんどできないままですよね。
花井 そうなんです。さらに折悪く、1990年代の初頭といえば、製造業が海外へシフトして産業の構造全体が変わってきた時代でした。売り上げも一気に70~80%ダウンし、父も仕事も同時に失ってしまったんです。
━━ご苦労されましたね。
花井 税理士の先生からは「若社長さんはやる気があるようだからいいけれど、普通なら会社をどう畳むか考える段階ですよ」とまで言われました。ただ、それでも私は跡を継ぐのが目標でしたから、何が儲かるかも考えず仕事をそのまま継承しました。
━━会社を守りたい一心だったんですね。
花井 自分も現場の第一線に立ち、15年間は必死で働きましたね。年に1~2日休めばいいところで、正月も仕事。「NC」と呼ばれる自動施盤の機械が当時は1台しかなく「いずれは10台に増やしてやるぞ」と意気込んでいました。皆が嫌がる難易度の高い加工を必死でこなし、10年後に機械は10台に増えましたが、経営はちっとも楽になりませんでした。
━━10倍に増えたのに…なぜでしょうか?
花井 その時、ある人に言われたのは「社員全員でゴムボートを漕いでも、ボートは回ってしまうだけで動けないよ。舵を取る人がいなければダメじゃない?」という言葉。それからは現場を離れ、経営に目を向けるようになりました。経営理念も定め、医療機器部品の分野に力を注いで行こうと決めたのです。
━━医療機器部品に特化されたのはなぜですか?
花井 それまでは、自分たちが手がけた部品がどんな風に使われているのかわからないまま作り続けてきました。社会に貢献できるものであり、今後の成長が見込める分野として医療関係に軸足を定めたのです。そして、同時にスタートしたのが「イングリッシュハンドベル」の製造でした。
若い力を引き出した、ハンドベルという挑戦
━━ハナイオリジナルハンドベルは初の自社製品ということですが、そもそもなぜハンドベルだったのでしょうか?
花井 原点になったのは研修の一環として製造した「鈴」です。社員の加工技術を高めるために作ったものでしたが、展示会で並べたところ、実際の製品より注目を集めて、外国の方から『購入したい』と言われたこともありました。そこで似た形状のハンドベルを作ってみようと思い立ったのです。
━━でも、楽器は音階があるぶん難しそうですね。
花井 そうなんです。そうした知識もなかったため苦労の連続でした。でも、いま思えば知らなかったからこそ挑戦できたのかもしれません。ネスク-イイダ※ のサポートのもと、平成22年、社内に開発プロジェクトを発足しました。完成までに10年以上、月に1度開いていた全体会議の回数も100回を超えました。長い道のりでしたね。
※ネスク-イイダ···ものづくりの街·飯田の技術マッチングを推進すべく、ものづくり分野における様々な技術を持った会員企業からなる共同受発注グループ。3名の専任オーガナイザーを設置し、受発注等問い合わせに対応している http://nesuciida.com/
音作りに深く関わってきた製造部部長の長原裕さん(左)と花井社長(右)(写真=古厩志帆)
━━では、ここからは製造に携わった社員の長原裕さんも交えて話を伺います。長原さんはどんなことを担当されていたのでしょうか?
長原裕さん(以下、長原) ハンドルから上とキャスティング(金属部分)、クラッパー(機構)とチームが3つに分かれており、私は主にキャスティングの設計や調音を担当しました。
━━作るうえで大変だったことは?
花井 一番大変だったのは音作りです。イングリッシュハンドベルの特徴として基音(第1倍音)のあとに、第2倍音と第3倍音が鳴るという特徴があります。「天使のハーモニー」と呼ばれるハンドベル特有の音色ですが、最初は「え、なにそれ」という状態からのスタート。やってみたらそれなりに難しいぞということがわかりました。
━━製造方法の参考になるような資料はなかったのですか?
花井 世界の各メーカーは400年もの間、それぞれの社内で大切にノウハウを受け継いでいます。そこでまず当社では、コの字型の金型を作って径を広げたらどんな音がなるのかデータを取り、そのあとベルの形を作って「ここを0.1mm削ると音がどう変わるのか」「幅を広げたらどのような変化があるのか」など、少しずつ手を加えてデータを取り続けました。
━━気が遠くなる作業ですね。
長原 試作で作ったひとつがこれです。
(写真=古厩志帆)
━━え、これは楽器ですか?確かに叩くと音は鳴りますが…。
長原 実はこれ、ホームセンターにあるアルミの角パイプなんです。これに切り目を入れて周波数の数値を設計し、その過程を少しずつ確認していきました。
━━開発までの長い道のり、くじけそうになる事はありませんでしたか?
長原 もう何度も。設計で数値は合っていても、思い通りの音が出ない時は苦心しましたね。基音は出ても、2倍音、3倍音がうまく出ない。低すぎてベルらしくない音になったり、お寺の鐘みたいな音になってしまうこともありました。でも、ハンドベルが完成して小山高専の生徒さんたちの演奏を聴いた時には、「ああ、これがうちの音なんだ」と報われた気がして感動しました。
━━デザインも社内で行ったそうですね。
花井 ロゴマークは社員の中で公募して、長原のデザインが採用されました。持ち手の表面にはレザーを使いたいと、地元の企業さんに何度も相談しながら、高級車のステアリングに使用されているレザーやステッチを応用してデザインしました。
そうそう、商標登録も自分たちで取りましたね。専門家に頼めばすぐにできる事ですけど、いい機会だからとチームで勉強して取得しました。
そうそう、商標登録も自分たちで取りましたね。専門家に頼めばすぐにできる事ですけど、いい機会だからとチームで勉強して取得しました。
━━本当に、社員全員で作り上げた結晶ですね。
花井 そうなんです。だからこそ大切にしたいと考えています。
ハンドガードには軽量かつクリアなアクリル板を使用。「花」の文字と日本を象徴する桜の花びらをかけ合わせたロゴが添えられた。(写真=古厩志帆)
ハンドベルで培った「周波数コントロール」の技術を生かし、次なる商品開発も
━━今回、I-Portに申し込まれたきっかけは?
花井 最初に知ったのは金融機関の方からの紹介でした。一般の方に「B to C」で販路を広げるという面で当社には実績がありませんから、周知の方法や予算など専門家にアドバイスをいただけたらと考えました。また、海外進出という面で、I-Portの支援機関のひとつであるジェトロさんの話も聞きたいですし、金融関係など困ったことがあったら相談していきたいです。
━━ジェトロの名が出ましたが、市場として海外を視野に入れていますか?
花井 いずれは、と思いますが、最初は国内を目標にしています。爆発的に売れるものではありませんし、難しい部分もありますが、どこかのチームに委託するか自社でチームを作って、イベントや病院のロビーコンサートなどで演奏させてもらい、音色を聴いていただく機会を増やせたら。草の根的に活動をしていく中で少しずつ広げていけたらと考えています。
━━最後に、今後のビジョンをお聞かせいただけますか。
花井 周波数を作り出す技術は磨いてきましたので、今後はそれを用いて好みの音域に合わせたハンドベルの受注販売や、日本風の楽器の製造など別の挑戦も思案しています。動物が嫌がる周波数や人が癒される周波数などを生かした商品開発もいいですね。様々な方の意見を聞きながら進めていきたいです。
━━色々な可能性がありそうですね。
花井 ええ、そうなんです。そのためにも、ユニークな社員さんにどんどん入社してもらい、会社の器を大きくしていきたいですね。
今回のハンドベルも社員全員の力があったからこそ完成することができた。「人材」こそ次の可能性を生み出す原点になります。新卒も毎年採用して20代の社員も増えていますが、これからも多様な得意分野を持った仲間を増やして、面白いことに挑戦していきたいです。
美しい質感と奥行きのある音色で注目を集める「ハナイオリジナルハンドベル」(写真=佐々木健太)