10年ぶりのUターンで開業。地域の期待を感じながら

━━開業おめでとうございます。オープンから約1ヶ月、現在の状況はいかがですか。

中村瑞季(以下中村) ずっと内装工事と許可申請に追われていて、まったく先が見えない状況だったのですが(笑)、なんとか営業許可も下り、お客様を迎えて慌ただしくすごしています。

写真=古厩志帆

━━すでに海外からも宿泊者がみえているようですね。

中村 はい。宿泊予約は宿泊予約サイトの「Booking.com」や「Airbnb」に登録していて、そちらからが中心です。あまり宣伝はできていないけれど、それでも見つけて来てくださっていて。今、ホームページもそろそろ完成させなくては……! と、思っているところです。

Airbnb ウェブページより。すでに宿泊者から、好評のコメントが寄せられている(画像からAirbnb Yamairo guesthouseページへリンク)

━━パートナーである高橋直也さんによる「ちょい飲み屋」も、早くも人気を呼んでいます。私もプレオープンイベントの時に餃子やおつまみをいただきましたが、どれも本当においしくて「こんな場所が近くにあったら!」と思いました。

中村 ありがとうございます。「ちょい飲み屋」をオープンしたことで、地元の方がふと立ち寄ってくださるのが、とてもうれしいですね。地域行事の会合の後に大勢で来てくださったり、この場所への応援の気持ちをすごく感じます。

少しずつ、宿泊の方と地域の人たちが一緒に飲んでいる光景も見られるようになってきて、いい景色だなあ……と、自分の場所ながら、思っています。

高校の終わりごろから、ほぼ10年くらい地元を離れてUターンしたので、街の様子や観光情報についてはイチからゲストさんといっしょに勉強している状態なのですが、飯田の人のあたたかさ、アツい結束は、昔から変わらないですね。

夜の「ちょい飲み屋」の仕込みを行う高橋直也さん。中村さんの学生時代からのパートナーだ 写真=古厩志帆
有名ラーメン店で修行を積んできた高橋さんが作る「餃子」(5個400円)。皮は近隣の老舗製麺所「丸五製麺」の特注品、キャベツたっぷりの肉だねもなめらかで味わい深い 写真=古厩志帆

地方にだって、人が集う場は作れる。ドイツ滞在時の経験を糧に

━━中村さんは、世界各国での生活経験も豊富だそうですね。Uターンして飯田市でゲストハウスを開業するに至った経緯を、教えていただけますか。

中村 小さい頃からなにかと海外に旅に行く家庭で育ったので、早くから海外への関心はもっていました。高校時代にはオーストラリアとニュージーランドに留学し、その後、美術大学に入学して東京で暮らしていました。

卒業後は、4年間働いていた東京の建築会社を辞めて、今度はワーキングホリデーでドイツに渡って。そしてこの、ドイツでの滞在時にアルバイトをしていた日本茶専門のカフェでの経験が、「ゲストハウスをやってみよう」と思うきっかけになりました。

ワーキングホリデーで滞在していたドイツ・ベルリンにて 写真=本人提供

その店は、ロの字のバーカウンターの周りに人が座ってお茶を楽しむスタイルの日本茶カフェで。国籍や年齢も超えた多様な人が、カウンターを囲んでいろんな話をしているのがすごく、楽しかったんですね。その様子を見ていてあるときふと、「もし、日本でこれをやるなら奥に座敷があって、宿泊もできるゲストハウスにしたらいいな」と、ビジョンとともにアイデアがひらめいたんです。

美大では空間デザインを学び、ドイツに来る前には住宅リフォームの仕事で、誰かの意向をデザインの形にしていたけれど、「お客さんが求めることじゃなく、自分が思う空間を形にしたいんだ」と、気づいたのかもしれません。それが、2015年ごろのことです。

━━世界各国での滞在経験をもちながら、開業場所として地元を選んだ理由はどこにあったのでしょう。

中村 ゲストハウスというと、東京や京都など、どうしても大きな街や観光地に集中しがちですよね。でも、東京でできることが飯田でできないのは悔しいな、という思いがあって。

私も飯田出身で、10代のころは「飯田=何もない街」というコンプレックスも感じていたので、同じ気持ちを持っている若い世代を元気にしたいな、という思いもあり、「よし、私は地元でやってやるぞ!」と(笑)。ただし、先ほどもお話したとおり10年近く飯田に暮らしていなかったので、まずは実家に戻って暮らしながら、新聞でみつけた「いいだ創業塾」にも通いはじめました。

※いいだ創業塾…起業・創業を考える方を対象とした無料セミナー。主催は飯田商工会議所、飯田市、駒ヶ根商工会議所、伊那商工会議所。

写真=古厩志帆

「ここでゲストハウス、やるでしょう!」。運命的な、物件との出合い

━━ここはもともと築約200年の町屋で、古物商を営んでいたとのことですが、物件とはどのように出合ったのでしょう。

中村 最初は隣の豊丘村にある祖母の古家を改装して使おうと思っていたのですが、創業塾に通いながら、現実にその物件が使えるのかを調べてみたら、どうやら使えないということがわかって。

「どうしよう、地元でやる必要なくなった……」と、一瞬途方に暮れましたが、悩んでいても仕方がないので、諏訪ですでに人気になっている「マスヤゲストハウス」さんに見学がてら泊まりに行って、そこから、のちに私たちのゲストハウスのデザインをお願いすることになるReBuileding Center JAPAN」(当時は建設中)の東野唯史さんを訪ねていったんです。

諏訪市「ReBuilding Center JAPAN」HP

━━東野さんには、なにか相談をしに行くつもりだったんですか?

中村 いえ、東野さんは、もともと私がやりたかった仕事でもある空間デザインを手がけられていたので、どんなご夫婦なのかお会いしてみたい、という気持ちでお邪魔しました。

そこで、「飯田から来ました」とあいさつしたら、「お、昨日、飯田の物件の相談を受けたよ!」とスマホの写真を見せてくれて、「つなげてあげるよ」って。なんとそれが、この場所だったんです……。

写真=古厩志帆

━━ええっ! そんなことが……!

中村 そうなんです。よくよく聞いてみると私の高校の先輩でもある奥田くんという人が東野さんとつながっていて、奥田くんはこの建物「旧犬塚家」をはじめとする街並みの保存活動を行う「八幡やらまい会」のみなさんとつながっていたんですね。

その、「やらまい会」の方たちがどうやら、「奥田くん、ここでなにかやってみない?」と話をしていて、その話がちょうど、私たちが東野さんのところにがうかがう1日前に、東野さんの耳に入っていた、という。

━━それはもはや、運命としか言いようがないような。

中村 ねえ。2〜3日くらいのうちに、びびびと全部が繋がっていって。私たちが急いで現地を見学に来てみたら、やらまい会のみなさんも「ゲストハウス? いいね、やりなよ、やるでしょう!」なんて、盛り上がってくれて。結局ひとつも新たに物件探しをしないで、この建物が舞い込んできた状態でした。

「200年分の埃」をかぶりながら、リノベーションする格闘の日々

━━そんな順調な物件探しのケースがこの世にあるなんて、知りませんでした(笑)。

中村 いや、物件までは本当に順調だったんですが、工事は本当に……大変でした! まず、改めて調べていたら、家が予想以上に傷んでいて。

家が、北側に11センチ傾いていることがわかったんです。

━━えっ!

中村 その傾きを立て直すために地元の建築会社さんに補強をしてもらって、耐震工事をお願いして。さらに、電気、水道もかなりの部分を新たに引かなければいけなくて。

━━そこは、目立たないけれど一番お金がかかる部分ですね。

中村 結局、使えたのは家の枠組みのみ、ぐらいの感覚ですね。意味がわからないくらいの量の、200年分の埃を浴びながら(笑)のリノベーション作業の日々に、「これ、使えるようになるのかな……」「全部で一体、お金はいくらかかるんだろう……」と、何度もくじけそうになりながらすごしていました。

━━しかも、ただ家をなおすわけじゃなく、宿として営業するための準備も必要で。

中村 はい。民家から商業用に用途変更するところからはじまって、消防関係や保健所関係など、いろんな許可申請も同時進行で一気に進めていました。

それでも、許可関係の鍵を握る設備屋さんたちからは、当然ながら「いつできるの、これじゃあできんよ!」って急かされたりもして。最後は、もともと設備関係の仕事をしていた父にも、かなり無理をして作業を手伝ってもらいました。

━━資金は、どのように工面をしたのですか?

中村 いろいろ始めるのはお金を貯めてからほうがいいのかな、と思っていたのに、この展開だったので、開業資金なんてほとんどありませんでした。それでも「借りれるだけ借りて、早く始めたほうがいいよ!」と言ってくれる方に、背中を押されて。1000万円は金融機関から融資を受け、両親にも補助してもらいながら、リノベーションと開業の資金としました。飯田市が行なっている「まちなか創業空き店舗活用事業」の補助金※もいただきました。

まちなか創業空き店舗活用事業:起業家が商店街等の空き店舗を活用し、創業するための支援を目的として、平成28年度から予算の範囲内でその経費の一部を助成する制度。補助金額は対象経費に要する費用の23で、上限30万円

写真=古厩志帆

━━空間デザインを手がけたのは、物件をつないでくださった「ReBuilding Center Japan」の東野唯史さんでした。

中村 はい。最初は、東野さんにお願いすることにはすこし、迷いもあったんです。自分で空間デザインをしてみたいという学生からの夢もあったので。でも、自分が納得する空間にするには、尊敬するデザイナーさんといっしょにやったほうがいいと思って、お願いしました。

東野さんの空間デザインは、大まかな方向性を決めた後は、現場のライブ感で進めていきます。私のアイデアも「いいじゃん!」と、どんどん取り入れてくれて、それがとても嬉しかったです。長い工事期間をヘコたれずに乗り越えられたのも、東野さんの存在が大きかったと思います。今は本当に、お願いしてよかったと思っています。

リノベーションの段階から、多くの人にワークショップ形式で関わってもらうのも、東野さん定番のスタイル。Yamairo guesthouseでも、総勢約50名が壁塗りに参加した 写真=本人提供

いつかこの場所を、旅の目的地に

━━改めて、この場所で、この物件でゲストハウスを始められたことについて、いまどんな思いですか。

中村 地元である飯田で開業したことについては、本当に良かったと感じています。帰ってきた私を受け入れてくれて、みなさんに応援していただいて、地元でなければこんなにもスムーズに始められなかったと思います。

10年前には見えていなかった、自然豊かな飯田の美しさにも驚かされていますし、飯田の人たちの明るさ、優しさを、いろいろな方と出会う中で改めて知りました。昔はなかったカフェもできていたり、お菓子づくりをしている若い子とか、いろんな行動を起こしている人がいるんですよね。最初に私、「飯田=何もないと思っている若い世代のためにも」と言いましたけど、それも私だけの思い込みかもしれません。

「Yamairo guesthouse」の前で。施設は古い街道沿いに建ち、周囲にも趣ある建物がちらほらと残されている 写真=古厩志帆

 

━━今後はどのような展開になりそうでしょう。

中村 地元の人にも、都市部の人にも、海外の人にも来てもらえる、飯田の「入口」のような場所になりたいですね。また、ここに来てから街や自然のなかに出ていってもらうときの紹介がもっとしっかりとできるように、もっとコアな魅力を発掘して、発信していきたいです。

それと、バー営業の許可も取ってあるゲストハウスって、スペースとしてかなり、多様な活動ができるんです。ギャラリーであったり、イベントだったり、飯田で何かやりたい、と考える人が「Yamairoならできるかもしれない」と思ってもらえるような、きっかけの場にも使っていただきたいと思っています。

そしていつか、この場所や飯田を目的地にして世界中から人が集まるような、そんな拠点になっていたらうれしいですね。

写真=古厩志帆

 


Yamairo guesthouse

395-0814 長野県 飯田市八幡町2035
Tel 0265-49-8187
・スタンダードドミトリー(相部屋)3,200/泊〜
※すべて素泊まり。シャワー、トイレ、洗面は共有。

▽併設の「ちょい呑み屋」は現在のところ不定休。
営業時間:18時〜22時半(L.o 22:00

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