ビジネスアイデアの種を具体的な起業プランへと育てる、全7回の実践型プログラム「農村起業家育成スクール」。長野県飯田市で令和2年に始まった本スクールから、地域で活躍する起業家や新事業が着実に誕生しています。
今年度の参加申し込みの締切が迫る今、担当職員も同席のもと、昨年度の卒業生である小麻智美さんに自身のビジネスプランとスクールの魅力を語っていただきました。
「仲間とアイデアを磨き、一歩踏み出す後押しに」ーー今年も開講! 「農村起業家育成スクール」(長野県飯田市)│卒業生・小麻智美さん(「呑んだら泊まろうホテル」起業準備中)の場合


仕事とアート、両立させる起業をめざして
ーー令和6年「農村起業家育成スクール」修了お疲れ様でした。発表されたビジネスプランが最優秀賞を受賞されたそうですね。
小麻智美さん(以下、小麻) ありがとうございます。仕事などをしながらでしたので、全部の回に参加できたわけではないのですが、それでもOKということで受講させてもらい、すごく大きなきっかけをいただきました。

小麻智美(こあさ・ともみ)
長野県阿南町出身。東京藝術大学油画科を卒業後、私立高校の美術教員や宿泊施設等で勤務したのち、実家のある阿南町へUターン。現在は美術の常勤講師の仕事に従事しながら、農村起業家育成スクールでまとめたビジネスプランを飯田市内でかなえるべく、「呑んだら泊まろうホテル/のほルーム・ギャラリーのほ」の開業準備中。
ーー今日は、スクールの担当部署である飯田市結いターン移住定住推進課の村澤さんにもご同席いただいています。村澤さん、まずは「農村起業家育成スクール」の概要について、ご説明いただけますか。
村澤勝弘(以下、村澤) 本スクールはもともと、飯田市龍江地区の住民のみなさんが「地域資源を活用した起業を希望する人を育てよう」と、平成30年度に始められたものでした。これがとても良い取り組みで好評を博していたため、飯田市で事業として引き継がせていただくこととなり、令和2年度から市の主催で再スタートしました。

ーー参加者はどのような方が多いのでしょう。
村澤 全7回、宿泊合宿もある本格的な講座ということもあり、起業準備をすでに進めている方が「最後の仕上げ」のように利用されることも多いですし、小麻さんのように小さなビジネスアイデアの「タネ」を育てるような方も多いですね。
いずれも、講師である曽根原久司さん(※)からのアドバイスや、受講生同士の磨きあいを経て、素晴らしいビジネスプランが生まれ、これまでに約半数の方が実際に起業や事業に着手されています。ちなみに参加費は、合宿の宿泊費以外無料です。
※曽根原久司さん・・・総務省地域力創造アドバイザー。飯田市出身。明治大学卒業後、金融機関等の経営コンサルタント等を経て、2001年NPO法人「えがおつなげて」を設立。耕作放棄地等を農村資源として活用し、農村の活性化に取り組む。2014年、世界をリードするソーシャル・アントレプレナーとして、アショカフェローに選出される。
ーー受講生の約半数が実際に起業されているというのは、いかに実践的で役立つ講座かというのがわかりますね。小麻さんは、東京藝大の油画という超難関を見事突破しご卒業され、現在は美術教員をされながらアーティストとしても活動していらっしゃいます。今回はどのようなきっかけや想いで参加されたのでしょう。
小麻 阿南町に戻ってきてから、美術教員の仕事のほかに実家の畑で少しずつ農業をはじめているんです。とはいえ独学なので、地域で開催されている農業の研修や講座に参加してきました。
今回もそのような感覚で、公民館でチラシをみつけて、「地域資源を活用したビジネス」というキーワードが自分に合致するように感じて、参加させてもらうことにしました。
ーーではその前から、起業について考えられていた。
小麻 はい、はっきりコレ、とは決めていなかったのですが。もともと、仕事とアーティストとしての活動を両立できる暮らしができたらという希望があり、スクールに参加申し込みをした当初は農業関係での起業を考えていたんです。
でも、講座の回を重ねるなかで、自分のこれまでを見直したとき、「そういえば私、『保養とアート』をコンセプトにした旅館で働いていたこともある」と思い至って。ふと、先生や受講生のみんなに「アートも楽しめる、飲み会のあとに泊まれる宿ってどうかな」と話をしたところ、「それいい!」と予想以上の好反応だったので、徐々に心が決まっていきました。
村澤 講座中に、たまたま持ち寄りをしてくれた料理がおいしくて、「これビジネスになるよ!」とみんなからアドバイスを受け、ご自身のプランに組み込んだ方もいらっしゃいましたよね。
小麻 そうでしたね。そんなふうに、自分では気づかない「強み」のようなものをみんなで見つけ合えるのも、スクールに通って良かった点です。
「地域でお世話になった人たちのために」が、ビジネスアイデアの原点
ーーでは改めて、今回のビジネスプランについて教えてください。
小麻 施設名は「呑んだら泊まろうホテル」と言います。名前のとおり、飯田の市街地に安く泊まれる宿「のほルーム」をつくり、市内でお酒を楽しんだあとの運転手確保や帰宅時間を気にせず楽しめる場所になれたらと考えました。あわせて、そのホテルにギャラリーとレンタルスペース「ギャラリーのほ」を併設する、というプランです。
小麻さんが実際に農村起業家育成スクールで使用したプレゼン資料
小麻 私自身、いま暮らしているのは阿南町ですが、お酒が好きでよく飯田まで飲みに出るんです。みんなとそんな集いの計画を立てる際、まず考えるのは「帰りをどうするか」ということ。長野県では、飲まない人を決めてその人が運転して仲間を送り届ける「ハンドルキーパー運動」が推進されており、これは大切なことだと思いますが、送る負担ももちろんありますし、全員お酒が好きな人だった場合、やっぱりかわいそうですよね。
一方で、「じゃあ泊まろうか」と考えたとき、市内に宿はあっても飲み会のついでに気軽に泊まれるような価格帯の場所は少ないのが現実です。当然ながら、飲酒運転は犯罪であり、絶対にあってはいけないこと。そう考えたとき、「気軽に泊まれる宿をつくる」というビジネスアイデアが浮上しました。
宿泊は個室で6500円、ドミトリーなら3500円。そのくらいの価格設定で経営が成り立つ計算でプランを組み立てています。

ーーなるほど、たしかに誰もが電車で移動できるわけでもないし、夜遅く帰って家族に気兼ねするよりは、気軽に泊まれたらありがたいです。また、そのようなスペースがあれば、創作活動や作品展示もできますね。
小麻 そうなんです。私自身はもちろん、地域の若い作家が仲間と出会ったり、自分の作品を見てもらう場とするためにも、「のほ」をつくることで役立てるのではないかと。
若手作家とはさまざまなつながりがあるのですが、じつはいま「地域でアートを発表できる場が少ないよね」と、共通のニーズとしてよく話題にのぼるんです。
もちろん、アートにかかわらず女子会やイベントなどでも、使ってもらえたら嬉しいですし、さらにこの宿を役場や教育機関、医療機関や飯田市の周辺の企業さまの福利厚生として利用いただけたらなとも、思っています。
ーーそうなると、ターゲットの中心は飯田下伊那周辺で暮らし、働く人、そしてアーティストであったり、それをめざす方々ですね。
小麻 はい。プランを考えているときに頭に浮かんでいたのが、飯田下伊那でお世話になっている人たちの顔なんです。長野に帰ってきて、役場の方や、学校の先生たちにとてもお世話になり、とくに先生たちのことはすごく尊敬していて。そういう方たちに、この地域で楽しく日々をすごしてもらえたら、というのが、発想の原点です。
苦手なことも、起業後のフォローも。そのつながりが支えになるスクール
ーー素敵なプランのご説明ありがとうございました。ここに至るまでにはスクールでのワークが役立ちましたか?
小麻 はい、とても。まず最初に曽根原先生から、ビジネスの基本をみっちり教えていただけるんです。それだけでも、どっと疲れるぐらい(笑)ものすごい情報量でためになるんですが、そこから先も基本を踏まえてビジネスの計画ができますし、自分だけの考えでなく常に先生や参加している受講生のみなさんからの意見をどんどん言ってもらえるので、アイデアがどんどんかたちになっていく感覚がありました。
ーープレゼンでは、数年先の事業の見通しまで盛り込まれたんですね。
小麻 ですね。この経営を成り立たせる「重要管理項目」として、私は①民泊稼働日数 ②利用者数 ③レンタルスペース利用時間 ④協力事業者数を設定して、2年目から収支が成り立つような計画にしています。
私、基本的に数字まわりが苦手なので、こうした内容はスクールに参加しなければなかなかできなかったと思います。
ーー現在は、どのような段階ですか?
小麻 じつは、物件決めで悩んでいる状態です。
そもそもこのビジネスプランは、宿泊のアイデアを思いついた時点で「ここ、自由に使っていいよ」と言われたある集合住宅をもとに考えられているのですが・・・そのアパートが、少し駅から遠い立地なので、もう少し駅に近い場所に良い物件はないか、探しているところなんです。
ーーたしかに、「呑んだら泊まる」のコンセプトに合う立地は大切ですね。
小麻 そうなんです。いま、そこで悩み中です。ただ、開業準備は着々と進めているので、手続きや許可に必要な書類などは、村澤さんはじめ役場の方と知り合えていて書き方をお聞きできたり、さまざまな部署の方につないでいただけるのも、助かっています。

ーーそしてもう一つ、小麻さんはアーティストとして、これまで油絵の枠にとらわれずにさまざまなかたちで表現をされてきたかと思いますが、その点もこのビジネスによって新しい展開になりそう、というイメージでしょうか。
小麻 うーん・・・じつは、これまで私は、「自分が日々の生活で感じた矛盾や疑問」を出発点に、作品を作ってきたんです。

小麻 そういうテーマってやはり、人も刺激も多い都市で暮らしていたときのほうが、出合うことが多くて。もちろん、地方には地方の矛盾があり、疑問があると思うんですが、こっちにいると景色が綺麗だし、自然豊かで、「もう、私が作品をつくらなくてもいいかな?」なんて思っちゃうこともあるんですよね。
ただ、そういう意味でも、宿とギャラリーをつくることで色々な人と出会ったり、交流したりする機会がもてると、面白い展開になるかもしれないなとは感じています。
ーー起業が、ビジネス以外の面でも新しい流れを運んできてくれるかもしれないーーそう考えると、ワクワクしますね。
最後にお二人から、「農村起業家育成スクール」に関心を抱き始めた方に、メッセージをお願いします。
小麻 どんな人でも、関心があればウェルカムな空気だと思います。さらに「これがこうなったらいいな」というアイデアがある人はなおさら、それを具体的なプランに磨くだけでなく、思いがけないビジネスに気づくチャンスになるかもしれないので、参加をおすすめしたいです。
村澤 最年少は大学生、最高齢は70代まで、幅広い年齢やお立場の方にこれまでご参加いただいています。7回の講座だけでなく、その後のアフターフォローもしっかりと行なっているところもご好評いただいている点かと思います。すでにおおかたの事業計画が立っている方はもちろん、具体的なものはないけれど起業に憧れている、という方でも大丈夫です。お問い合わせやお申し込みを、お待ちしています。
ーーありがとうございました。
農村起業家育成スクール
募集要項
●対象者 地域資源を活用したビジネスに興味のある方
●会場 中山間地区の公民館
●定員 12名(応募者多数の場合は選考)
●参加費 無料
※合宿費用は別途。懇親会含め1回1泊15,000円程度
●申し込み 問い合わせ先のメール・FAXから
URL https://www.city.iida.lg.jp/site/yuiturn/kigyoukaikusei2024.html
e-mail yuiturn@city.iida.nagano.jp