地域に根ざしたドイツ式フットケアサロン「ひなめ」の取り組み

━━森本さんの手がけるケアは、具体的にどんな内容ですか?

森本 足の爪を安全に整えるケアを中心に、巻き爪、魚の目、角質の硬化など、足元に起こりがちなトラブルに対応しています。自分できちんと爪切りをすることが困難な方の爪切りをさせていただく、というのがメインになりますね。


そのほか、ご高齢の方で視力が低下していたり、体の変化で足先まで手が届きにくくなった方はもちろん、「プロにしっかり整えてもらいたい」、「痛くなる前に見ておいてほしい」と考える方にも、多くご利用いただいています。

落ち着いた雰囲気のサロン内。マンツーマンでゆったりと施術を受けることができる

━━実際のケアの手順を教えてください。

森本 初めてご来店いただいた方には、まず健康状態のヒアリングと、「フットプリント」で足形をとっていただきます。この足形からは、体重のかかり方や魚の目・タコの位置など、足にかかっている負担の特徴が読み取れます。

足を汚すことなく、キレイな足形をとってもらえる。フットプリントの様子から、自分の歩き方の癖や、負担がかかりやすいゾーンが見えてくる

続いて、足のサイズを丁寧に測定します。計測結果をもとに、現在の靴が足に合っているかどうか、一緒に見直すことも行っています。

足に合った靴のサイズや、靴のかかとの状態などを細かく見てもらえる。もちろん、自分の足にはどんな靴があっているのかについてのアドバイスももらえる。ざっくりだが、インソールが取り外しできる紐靴タイプのものが足にフィットし、足トラブルを防げるそう

足の状態を把握したあとは、あたたかいお湯での「足浴タイム」。じっくりと足を温めてほぐし、保湿をしながら整えます。

その後、いよいよケアに入ります。メニューには、「爪切り(4,400円)」と「角質ケア(5,500円)」の2つがあります。ほとんどの方が、1度に両方のメニューを選ばれるため、1回あたりのご予算は9,900円になることが多いです。完全予約制で、お電話とLINEのどちらからでも可能です。最近では、高齢の方もLINEで予約されることが増えてきました。おひとりの施術が終わるごとに、器具やお部屋をしっかりと消毒し、掃除してから次のお客様をお迎えするようにしています。

歯科医にあるような水の出るマシーンで足の爪をきれいに整えたり、削ったりしてもらえる。痛みは全くないのでご安心を
足の爪のお悩みはもちろん、かかとの角質ケアを目的に訪れる主婦層も多い。角質でガチガチに硬くなったかかとが気になったら、ぜひ訪れたい

━━ 次は、サロン名に込めた思いをお聞かせいただけますか?森本 はい。「ひなめ」は、家族の名前から取った文字をもとに名付けた大切な言葉です。個人的な響きではありますが、家族への想いを込めたこの名前なら、お店のこともきっと丁寧に育てていけると感じました。

飯田市の市街地中心部に位置するサロン。飯田駅からのアクセスも良好だ

提供しているのは「ドイツ式フットケア」と呼ばれる技術。日本では、リラクゼーションや美容の一環として楽しまれることが多いフットケアですが、ドイツでは「足の健康を守るための習慣」として、医療や予防ケアの一環に組み込まれ発展してきた歴史があります。当サロンでは、ドイツの実用的で予防的なケアの考え方を取り入れながら、美容はもちろん、 年齢や体調の変化にともなって生まれる「自分の足で、この先も健康に歩き続けられるかな」といった不安に、そっと寄り添う施術をご提供しています。

昔の日本では、靴よりも下駄や草履の文化が根付いていましたよね。そのためもあってか、日本における靴は、どちらかというと“ファッション性”や“履きやすさ”が重視されがちな存在なんです。足のトラブルが出てしまってから、やっぱり靴って大事なんじゃない?と、気付かされるのですが、まさに今、日本は“足と靴の関係”を見直す段階に入っていると思います。

一方ドイツでは、靴は単なるファッションアイテムではなく、足の健康を支える重要な道具として意識されています。「そもそも靴に対する考え方がこんなに違うんだ」と知ったとき、自分が大切にしたいケアの方向性が見えてきました。

誰かの「困った」が原点に。足のケアを仕事に選んだ理由

━━起業のきっかけを教えていただけますか?

森本 気がつけば、子ども時代の私は、家族の中で「足の爪を切る人」になっていました。
おじいちゃん、おばあちゃん、身近な人たちの足の爪を切るのが、いつのまにか私の役目になっていて。「あれ?私、いつもやってるな」と思ったのが、今振り返ればこの仕事の起点だったかもしれません。起業をはっきり志すようになったのは、祖父の存在があったからです。
ひどい巻き爪と爪甲鉤彎症(そうこうこうわんしょう、足の爪が厚く変形してしまう状態)に悩まされていた祖父は、病院でのケアも断られてしまって。手入れできていない爪が隣の指に刺さってしまうのを防ぐためにいつも包帯を巻いて、足を引きずるようにして歩いていたんです。どうしたら楽になるのか分からず、ただ身近で見守ることしかできない日々。「なんとかしてあげたい」という気持ちがだんだんと膨らんで、私自身が巻き爪補正を勉強することを決めました。

家族をとても大切にされている森本さん。とくにご家族について話されるときの優しいお顔が印象的だ

━━どのように勉強されたのですか?

森本 まずは、巻き爪補正の勉強をしました。そして、自宅サロンでご近所の方を中心に、巻き爪のケアを続けていました。
ちょうどそのころ、コロナ禍で高齢者の方が外出控えをされていて。デイサービスを利用できないから「爪が切れなくて困っている」という声をたくさん聞きました。
そういった方々への施術を重ねるなかで、「もっと多くの困りごとに応えたい」という気持ちが強くなり、学びを深めていくことにしました。

一般社団法人フットヘルパー協会で介護予防としてのフットケアを学んだほか、ドイツのフットケア講師が来日していた時期には、東京の学校で2週間の泊まり込み講座にも参加しました。その中で特に印象に残っているのが、「高齢になってから足にトラブルが出るのは、若いときにすでに原因がある」という教えでした。足のケアに対する視野が、大きく広がった学びでしたね。

現在は、サロンでの活動を軸にしながら、フットヘルパー協会長野校の講師としても活動しています。

森本さんが取得したフットケア資格証と、認定校としての登録証が店内の壁に掲げられている。現在も、森本さんの足についての学びは進行中だ

━━森本さんは元々介護職に携わられていたんですか?

森本 いえ、元々は関西のほうでシステムエンジニアとして働いていたんです。百貨店の社内情報システムなどを作成していました。

━━まったく違う分野で活躍されていたんですね! なぜ飯田に戻ってこられたんですか?

森本 もともと飯田出身で、学生の時に関西に行きそのまま関西で就職したんです。でも、地元に戻りたいという思いはずっと持っていました。


飯田に戻り、巻き爪ケアの資格を取ってから、“開業してほしい”という声をいただくようになり、自宅でサロンを開業することになりました。
━━飯田下伊那だからこその足のトラブルというものがあるのでしょうか。

森本 はい、まずは「長靴」がきっかけのトラブルが多い印象です。飯田下伊那は、農作業に従事されている方が多いため、長靴を長時間履くという人が多い地域。でも、長靴は足の形にフィットしにくく、長靴を原因とした足元トラブルを抱えてしまう方も少なくありませんでした。履き続けることで爪が浮いたり、剥がれたり、ということがあるんです。

また、飯田市は車社会ということもあり、ちょっとした距離でも車を使う方が多いという、「歩かないまち」でもあります。歩く機会が少ないと足の使い方に偏りが出て、巻き爪などのトラブルが起こりやすくなることもありますね。

━━歩かないことと比例して爪のトラブルが増えてしまうのでしょうか。

森本 そうなんです。爪って、もともと巻きたくて仕方ないものなんですよ。歩くことで地面からの力がかかれば奇麗なカーブが保たれるんですが、歩かなかったり寝たきりになってしまうと巻き爪が多くなるんです。

さまざまな器具が並ぶ。ついつい痛い施術を思い浮かべてしまうが、実際の施術は痛みはまったくなく、むしろ心地よいのだとか

━━やりがいはどんなところですか?
森本 やはり、お客さまの状態がよくなったときですね。足が痛くてうまく立ったり歩けない状態で来店された方が、一通りのケアが終わった後、すっくと立ち上がり、痛くない!とビックリされることもよくあるんです。

飯田だからこそ届く、広報のかたち

━━すでに地域に認知が広がっているようですが、集客には何か工夫をされたのでしょうか。

森本 新聞や雑誌のチラシを利用しました。飯田市は「必要な情報を大切にとっておく」という方が結構いらっしゃるんです。新聞チラシを、何年も切り取って保管していて、ふとしたタイミングで来店してくださる方もいました。これは、本当にありがたいなと思います。またSNSやホームページも用意しています。そこから、「ずっと気になっていました」とご連絡くださる方もいます。そうしたつながりが、日々の励みになっています。

もうひとつ、集客の柱のひとつとなっているのが、近所の公民館で開催している「足のセルフケア講座」です。足の健康な状態を知るためのチェックポイントや靴の選び方、セルフケアの基本などを盛り込んだ実践的な内容で、これまでには30人以上が参加してくださった回もありました。こうした講座は回覧板を通じて案内しています。

事前に「どんな人が施術するのか」を知っていただけることで、はじめての方にも安心してサロンに来てもらえるきっかけづくりができていると感じています。

おかげさまで、公民館のさまざまなプログラムの中でも好評をいただいており、リピートしてくださる方も増えています。ネット広告なども活用していますが、“顔を見て話したことがある”という安心感が、来店の後押しになっているように感じますね。

会場のなごやかな雰囲気が伝わる森本さんの足講座の様子。自分ごとの話題に、参加者さんが熱心に耳を傾け、楽しんでいる様子がわかる (提供画像:森本 智子さん)

地域に根づくための一歩に。コンペ挑戦とその意味

━━令和6年度のビジコン(https://i-port.biz/p/9422/)に出場されたのはなぜですか?

森本 まず、いろんな方に自分のビジネスを知ってもらえるということが魅力でした。また、前年にビジコンに出場されていた方とご縁があったことも、ビジコン参加のきっかけになりました。
正直、ビジネスプランを練るのは初めての経験で、戸惑うことばかりでした。でも、飯田商工会議所の方がとても親身にサポートしてくださり、書類の作り方やプレゼンの練習まで丁寧に支えてくれました。商工会議所の方に足を向けて寝られないぐらいです! おかげで、なんとかやり遂げることができました。

ビジネスプランコンペ入賞のトロフィーが輝く

━━コンペを通じて、価格設定についてもアドバイスがあったそうですね。

森本 はい、私が行なっているのは保険適用外のケアではあるものの「価格が安すぎるのでは?」というアドバイスをいただきました。自分では気づけなかった視点だったので、すごく参考になり、見直すきっかけにもなりました。

とはいえ、あくまで“必要な方にちゃんと届いてほしい”という気持ちが強くて。たとえば、値上げしすぎて通えなくなる方がいらっしゃったら、本末転倒だと思うんです。

いただいたアドバイスを受け止めつつ、自分の感覚も大事にしながら、価格とサービスのバランスを丁寧に見直しているところです。

エステのような特別なものとしてではなく、フットケアをもっと日常の中の当たり前のケアとして根づかせていきたい、 そんな思いが今も軸にあります。━━コンペの奨励金はどのように使われたのでしょう。

森本 施術用の椅子の購入費に使いました。それまでは昇降しないタイプの椅子を使用していたんですが、1日に数件施術すると私の腰が痛くなってしまって。新しい椅子を導入してからは、快適に施術を進められるようになりました。お客様からも「座り心地が良い」と好評をいただいています。

子どもの足のトラブルは、多くの場合、靴のサイズが合っていなかったり、足に合わない靴を選んでいたりすることが原因なんです。かかとを潰して履いていたり、サイズアウトに気づかないまま履き続けているケースには注意したい

━━今後の展望や、目指すビジョンを教えてください。

森本 目指しているのは、「ずっと通い続けなくてもすむケア」です。
「そんなこと言ったら、自分の仕事がなくなるんじゃない?」ってよく指摘いただくんですけど、それでもいいと思うところもあって。足のケアが特別なものではなく、“当たり前の予防習慣”として地域に根づいていけば、必要なときに必要な人が必要なサポートを受けられる社会になる。それが、私にとっていちばんの理想です。

足のトラブルは普段、靴下や靴に隠れていることもあって、痛みなどが出るまで気づかず、ケアを後回しにする方が多いんです。実際、トラブルが起きてから初めてサロンに来られる方がほとんど。でも本当は、そうなる前に定期的にケアできる環境を整えていくことが大切だと感じています。


最近は、福祉ネイルや介護美容との連携も少しずつ進めていて、訪問ケアや講座などの取り組みも広げているんです。これからも、地域に根を張って、足元からその人の暮らし全体を支えるようなケアを届けていけたらと考えています。

店内ではフットケア用品も販売されている。森本さんのサロンでは、自分で足のセルフケアをできるようになることが最大の目標だとか

━━最後に、これから起業を目指す方へのメッセージをお願いします。

森本 もともと、私はこの仕事が夢だったというわけではないんです。目の前の人にできることをやろうと思って動いた結果、いまのかたちになっていった、という感覚に近いかもしれません。

最初は巻き爪のケアをしてみたら、とても喜んでもらえて。次は角質、次はタコ……と、少しずつ手を広げていくうちに、「もっとちゃんと学ぼう」と思うようになりました。足の悩みは、思っていたより多くて、ずっと深かったんです。

誰かの困りごとに寄り添うこと。そこから始まったこの仕事が、いまは地域に根づくサービスとして続いている。それが何より嬉しいですし、無理に特別な目標を掲げなくても、日々の積み重ねから生まれる仕事のかたちもあるのだと思っています。

ーーありがとうございました。