和船下りの歴史や技術を伝えより深く楽しめる仕組みづくりを

━━「天竜川和船下り」の運航再開、おめでとうございます。

木下明さん(以下、木下) ありがとうございます。お客様からも「存続してよかった」「再開を待っていたよ」という声をいただき、うれしい限りです。

オフィスマネージャーの木下明さん(左)と、船頭・船大工の柴田拓朗さん(右)

━━以前は、舟下りの出発地点である弁天港が集合、受け付け場所になっていましたが、再開を機に拠点が変更になったんですよね。

木下 到着地点である時又港に建設したコンテナハウスを「リバーポート時又」と名付け、ミュージアムやカフェ(準備中)、土産コーナーを備えた新たな拠点としました。以前は集合して舟下りをするだけでしたが、今年4月からはこの施設で、和船の歴史の解説や造船、操船の体験を楽しむ「和船体験」の後にシャトルバスで弁天港へ移動し、舟下りをするという流れになっています。

━━和船体験、私も参加させていただきましたが楽しかったです。舟釘を打つ独特のリズムも興味深かったですし、操船体験では、櫂が重くて動かすのに精一杯!水の中で巧みに操っている船頭さんの凄さを実感しました。

木下 熟練の船頭が船を操る手漕ぎの技や、舟造りの技術は全国的にも希少なもの。そうした知識を事前に得た上で舟下りをしていただくことで、より深く楽しんでいただけるのではないかと考えたんです。

船の側面を模した板に「舟釘」と呼ばれる特殊な釘を打ち込む「造船体験」
長さ4mもある巨大な櫂を操る「操船体験」。実際に動かすとその難しさが分かる
ダイナミックな川の流れと風景を楽しみながら、6kmをおよそ35分かけて下っていく

━━拠点を時又港へ移したのはなぜですか?

木下 以前は上流の弁天港に集合し、舟下り終了後にお客さんをバスに乗せて駐車場へ戻って解散という形を取っていました。ただ、弁天港の近くにはお客さんが立ち寄れるような場所がありませんから舟下りが終わればそれきり。しかし時又港は近くに天龍峡もありますし、対岸には八重桜街道が広がるロケーションの良い場所です。舟下りの後に楽しめる自転車やマウンテンバイクの貸し出し、BBQ、キャンプなど、今後、周辺のリバーアクティビティを活性化させて、天竜川を舞台にしたリバーツーリズムを展開することも目標としています。

━━舟下りだけでなく、周囲の観光資源も活用しながら盛り上げていく形ですね。舟下りに関していうと、残念ながら前会社は事業から撤退してしまったわけですが、課題はどのようなところにあったと思われますか?

木下 信南交通の場合は観光業を主軸にしていましたから、新型コロナウイルスの影響が甚大だったことがひとつ。もうひとつは、悪天候による舟下りの欠航が相次いだことも大きかったと思います。

私が入社した三十数年前と比べても、雨の降り方や川の水量の増え方が全く違う。以前は3〜4日、雨が続くと増水して船が出せませんでしたが、近年は集中豪雨が多いのか、上流でたった2〜3時間雨が降っただけでも、一気に増水して船が出せなくなってしまいます。また、冬はどうしても客足が遠のいてしまいます。増水による欠航時や冬期に、補填できる「何か」を構築できなかったことが要因だと感じています。

━━そうした部分を改善するために今後どうしていく予定ですか?

木下 まだきちんと構築はできていませんが、夏に行っている「ラフティング」を、今後、通年でできるようにしたいと構想中です。冬でもできるような楽しみ方や、一般客が前日や当日の予約で気軽に挑戦できるような仕組みづくりも考えている最中です。

また、舟下りが増水で欠航になってしまった際に困るのが、観光バスの団体客。ツアーを組んでいる場合、舟下りができなかった場合にスケジュールに穴が空いてしまうんですよね。ですから欠航の際の代替案として、現在はしらびそ高原天の川にちなんだ「星空ペンダントづくり」を提案しています。今後、親会社である南信州観光公社とも相談しながら、いくつかの中から選べる代替案も考えていきたいです。

「このまま終わらせたくない」という強い思いを胸に

━━木下さん、柴田さんが舟下りに携わるようになったのはいつからですか?

木下 信南交通で舟下り事業を担っていたのは「地域観光事業部」ですが、私はそこで責任者を務めていました。信南交通が舟下り事業から撤退することになった際に退職し、ありがたいことにいくつかの会社からお誘いはいただいたのですが、しばらく無職で過ごしていました。舟下りを継承するため、南信州リゾートを立ち上げたい、という話は出ていたものの、本当に実現できるかどうかまだわからなかった。でも、もし可能性があるなら、そこに力を注ぎたいと考えていました。

22歳の時、当時、天竜舟下りを運営していた吉川建設から舟下りの部門へ出向し、それから35年間携わってきましたからね。地域の伝統文化を守るという意味でも、このまま終わらせたくはないと強く感じていました。

柴田拓朗さん(以下、柴田) 私も木下さんと同じ、信南交通の地域観光事業部の社員でした。友人の紹介で船頭になったのは21歳の時です。退職して、一時は無職でいましたが、南信州リゾートの立ち上げの際に木下さんをはじめ尊敬する先輩方から「来るか?」と声をかけてもらい、即決でしたね。舟下りが好きという気持ちもありましたし、ここで終わってしまったら悲しいなという気持ちもありました。

木下 船頭は船首に立つ「舳(へ)乗り」と後ろで舟の進行方向を決める「艫(とも乗り」が二人一組で務めます。後ろに乗る艫乗りは経験も必要で大変難しい役割ですが、柴田くんは今、その艫乗りの技術を習得すべく訓練中です。

━━今、船頭さんは何名いらっしゃるんですか?

木下 8名です。信南交通時代の社員が7名と、当時アルバイトで船頭をしていた子が1名社員になりました。先ほどもお話ししたとおり、事業撤退から南信州リゾートが立ち上がるまでに時間がありましたからね。生活の面から転職した方もいたので、信南交通時代に比べれば人数は半分です。

━━厳しくも続けていきたいと考えた「船頭」という仕事。どんなところが魅力ですか?

柴田 舟で川を下る際の景色に惹かれたこともありますが、二人一組で力を合わせて操船する中で、自分の上達が感じられると気持ちがいいです。お客さんを乗せて安全に下るのが第一ですから、身につけなければいけない技術はたくさんありますし、難しさもありますが、自身の成長を肌で感じられる事はやりがいにつながっていますね。

━━こういう若い方の存在は頼もしいですね。今後の人材育成についてはどうお考えでしょうか。

木下 現在頑張ってくれている若手の船頭には、後ろの舵を取る「艫(とも乗り」の技術を1-2年かけてしっかり身につけていって欲しいと考えています。一方で、人員的に足りない部分は求人をかけて増員していきたい。船頭の育成にあたっては、現在は現場で身につけていく形ですが、今後はカリキュラム化し、効率的に指導していくことも必要になると考えています。

柴田 先輩と船に乗って指導を受けるのが通常なのですが、最近、360度カメラでVRの映像を撮影していて、それが指導の面でも役に立っています。臨場感もありますし、周囲を冷静に見ながら指導が受けられるのでわかりやすいですね。

木下 「ここを狙う」「ここは危ない」などそれぞれの場所にポイントがあるのですが、船に乗っていると一瞬で通り過ぎてしまう。映像だと細かく指示ができるのでイメージがつきやすいんでしょうね。ミュージアムで活用する予定でVRなどのバーチャル映像を撮りためていますが、意外なところでも役に立ってありがたいです。

━━和船は、船頭さんたちが自ら造船していると聞きました。全員で手掛けているんですか?

木下 冬の閑散期に、船頭の中から、船頭と船大工のグループに分かれて取り組んでいます。船大工は3人いて、そのうちの一人が柴田くんです。

柴田 私の場合は「やってみたい」と立候補して船大工に入れてもらいました。私が一番若手で、あとは40代、60代の棟梁の3人。冬は高森町の造船所で船造りに取り組んでいます。

━━造船に取り組んでみたいとと思ったきっかけは?

柴田 仕上げの応援に行った際、作業をしている姿を見て単純に「かっこいいな」と思ったのがきっかけです。設計図がない中で12mもの大きな船を作る。ものづくりをすることも、特殊な道具ひとつ一つも全部かっこよかったんですよね。難しいとは聞いていましたが、だからこそ試してみたいとも思いました。

━━マニュアルのようなものも、もちろんないんですよね。

柴田 そうですね。寸法は自分で測ってノートに控えたりしていますが、木は硬い部分や曲がり、反りが1枚1枚違うので、板を合わせる際の感覚は、勘を頼りにするしかありません。棟梁はそうした部分を熟知しているのですごいと思います。

木下 この仕事は本当に特殊。ここで得た技術や知識は、他の仕事で生かせないかもしれませんが、少なくともこの場所では、絶対に必要とされる貴重な人材になれる。柴田くんのように、やりがいを持って取り組んでくれる仲間が増えることを期待しています。

安全への心構えも再徹底人を呼び込み、地域に貢献できる事業に

━━「天竜舟下り」といえば、前事業者運営時の2021年に起きたいたましい事故も記憶に新しいところです。「安全対策」についてはどうお考えですか?※事業承継前の2021年9月、乗客案内中にベテラン船頭の一人が川に転落。現在も行方不明となっている。

木下 今回、南信州リゾート社長に就任し、「天竜舟下り」前運営元より事業を引き継いだ白澤祐次は就任時より「たとえ何百万人に楽しんでいただいても、積み重ねた信頼を失ってしまう」と、現場の私たちとともにこの天竜川で二度と痛ましい事故が起こらぬよう安全対策の徹底に細心の注意を払ってきました。

乗客の皆さんには、水に浸かると自動で膨らむ救命胴衣を着用していただくほか、船頭は全員、無線機、携帯電話、GPSを身につけています。また、万が一トラブルが起こってしまった際にも、エンジンをつけた船ですぐに現場へ駆け付けられるよう、エンジン船の操船訓練や、有事を想定した消防署との合同訓練なども実施しています。もちろん、朝の体温、アルコールチェック、船に乗る前の点呼や体調チェックもより入念に行っています。そして今後もより一層、安全対策を徹底していくつもりです。

━━では最後に、事業の新たな「船出」に対する意気込みを聞かせてください。

木下 多くの方にご出資や応援をいただき、天竜川和船下りが再びスタートを切ることができました。感謝の思いを胸に、地域の方々の期待を裏切ることなく、今後しっかり継続していかなければいけないと身が引き締まる思いです。リニア開通後の新時代に向けて外から人を呼び、地域に貢献できるような事業を作り上げていきたいと思います。

柴田 現在「艫乗り」の技術を学ばせてもらっている中で、急ぐわけではありませんが、安全に船を操る技術をしっかり身につけて、自分ができることを増やしていきたい。それが自然と会社のため、地域のためになると思っています。いなくては困る、と感じてもらえるような人材になれるよう日々頑張りたいと思います!


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