フランス・大阪・東京での修業を経て、地元で念願のビストロを開店

━━多田さんの料理人としてのキャリアについて教えてください。

多田 飯田市内の高校を卒業した後に、大阪にある専門学校に入学して料理の修業をして、フランスに渡りました。その専門学校がフランスにも学校を持っていて、そちらに編入したんです。フランスにいたのは1年弱ですね。

━━フランスと一口に言っても、地域によって食文化が全然違うイメージがあります。多田さんはどのあたりのエリアにいらしたのですか?

多田 店名にもその名前をお借りしているのですが、ワインで有名なボジョレー地区にあるリエルグっていう名前の村です。リヨンというフランスの南東部にある街の近郊にあります。

リヨンはグルメな街で、近くを流れるローヌ川で獲れた魚やザリガニを使った料理とか、ブレスっていうおいしい鶏を飼っている畜産農家がたくさんあって。その鶏肉を使った料理とか、地元の食材をおもに使っている地域です。専門学校では、パテをはじめとする加工品などをプロの職人に教わったりしました。

━━フランスから帰国された後は、すぐにフレンチレストランへ?

多田 帰国後は、大阪と東京で約4年ずつ修業しました。東京で働いていたのは、“グランメゾン”と呼ばれる格式高いフレンチレストラン「オテル・ドゥ・ミクニ」です。

当時はバブルの真っ只中で、料金は高かったのですがそれでもお客さまで賑わってました。料理に使われていたのは「もう一生見れないだろうな」というような高級食材ばかり。スタッフも多く、60人のお客さまが来ても料理がポンポン出るという感じでしたね。三國清三シェフはとても厳しい方で、調理場の中はいつも戦争状態。大変でしたけど、いい勉強になりました。

店名の「リエルグ」は、フランスの専門学校がある村の名前が由来。古いお城のなかに学校と寮があり、1年弱の間そこで生活をしながら料理の腕を磨いたという。

━━飯田市に戻られたのはどのタイミングで?

多田 実家が飯田市内で日本料理屋をやっていたんですよ。2000年ごろ、「そろそろ帰ってきてくれないか」っていう話があって、戻ったんです。

━━え、フランス料理ではなく日本料理屋ですか?

多田 そうです。フランスから帰国したあと、最初に修業したのも大阪の日本料理屋でした。

━━つまり、日本料理、フランス料理どちらも修業した状態で、飯田に戻って来られたということなんですね。

多田 はい。自分としては「いつかはフレンチを」という思いがずっとありました。それで自分の夢を追い求めて実家を出たものの、資金面が乏しかったので、エスニックを中心とした居酒屋に近い感じのお店を開いて資金を貯めたんです。5年近くはそのお店をやっていました。リエルグをオープンしたのは2010年です。

2010年にオープンした、フレンチテーブル リエルグの旧店舗。後遺症の影響により閉店となったが、コンセプトや料理はそのままキッチンカーの店舗に引き継がれた。(写真:フレンチテーブル リエルグ)

━━当初のリエルグは、どんなお店だったのですか。

多田 いわゆるビストロですね。安くて気軽に食べに行けるお店です。店内にフレンチデリを並べたショーケースを置いていたので、それを買って帰ることもできるような。

━━それがオープンして5年ほど経ったところで、脳卒中になってしまったと……。

多田 そうです。その後遺症がひどくて、左半身が動かなくなってしまって……。入院中はもちろん、退院して半年くらいは料理ができない期間がありました。

でも、退院してからも、やっぱり料理を作るのがすごく好きで、「またやりたいな」という気持ちが強かったんですよね。それで色々な人に相談したんです。すると、東京にいる私の妹が、「キッチンカーはどうか」と提案してくれました。

普通のお店だと色々と動かなきゃいけないから私の身体では無理かもしれないけれど、キッチンカーなら車の中は狭いし、資金もそれほどかからないのでは、と。それからキッチンカーを取り扱う業者のことなどを調べているうちに、目標がキッチンカーにシフトしていったんです。

左半身がまひになっても、料理の夢を諦めなかった多田さん。

キッチンカーを実現させるために挑戦した“クラファン”と“ビジコン”

━━キッチンカーが完成してお店がオープンしたのは2022年です。しかしそのかなり前からその構想はあったのですね。キッチンカーで提供している料理は、前のお店で提供していたメニューと変わりましたか?

多田 ガレットなども含めて、提供している料理はさほど変わりません。じつは、キッチンカーの中にもショーケースがあり、それを使ってフレンチデリを対面販売しています。身体が不自由になってしまったため時間はかかりますが、妻がサポートしてくれてなんとか。妻には、料理のサーブやデリ販売の会計などのサービス全般と、私の身の回りのケアなどをしてもらっています。

キッチンカー内に小さなショーケースがピッタリ収まっている。この中に、パテをはじめとする多田シェフ自慢のフレンチデリが並ぶ。(写真:フレンチテーブル リエルグ)

━━それほどメニューが変わらないとは意外でした。

多田 出張フレンチレストランでは、基本はご予約をいただいて、ご自宅に行って、キッチンカーの中で作ってお出ししています。誕生日、新築祝い、結婚式の前夜祭など、アニバーサリーの際に呼ばれることが多いですね。

━━自宅がレストランになるような……!

多田 まさに。料理はご自宅の中まで運ばせていただきます。お店で使うお皿に盛って、フォークやナイフもご用意して。準備は大変ですが、お客さまもせっかくゲストを呼んで食べるなら、ちゃんとした食器で食べたいというものあるでしょうし。

あとは、最近コロナも落ち着いてイベントが増えてきましたので、イベントに出店して、そこではガレットとフレンチデリを売っています。

店舗で使っているお皿に盛りつけられた料理が並べば、自宅のテーブルも非日常的な雰囲気になる。(写真:フレンチテーブル リエルグ)

━━キッチンカー、大活躍ですね! ところで、今回飯田市起業家ビジネスコンペティション(以下、ビジコン)に参加されたきっかけはなんだったのでしょう。

多田 キッチンカーを作るにあたって、「どうしたらを購入できるんだろう」と考えたんですね。そこでまず、自分たちでクラウドファンディングを実施しました。そんななか、雑誌に載っていてたまたま見つけたのがビジコンだったんです。おかげさまで入賞でき、賞金をキッチンカーの資金に使わせていただきました。

━━クラウドファンディングとビジコンのお金を組み合わせて、キッチンカーを作られたのですね。

多田 すべてそれで賄っています。だから今の私たちがあるのは、みなさんのおかげなんです。

━━キッチンカーが出来上がってみてどうですか?

多田 正直忙しいんですけど、お客さまにとっても喜ばれるんですよ。予約して、自宅にシェフを招いて料理を作ってもらうのって、家族からするとすごいイベントなんですよね。お店に食べに行くのとはテンションが全然違う。それがすごい嬉しくて、今もう本当に幸せです。

リエルグの看板メニューのひとつ、蕎麦粉のガレット。フランスでガレットが生まれたのは、長野県と同じように小麦粉が栽培できないから。ほかにもリンゴが栽培できることなど、フランスと長野県との共通点は多いと多田さんは語る。(写真:フレンチテーブル リエルグ)
料理人としての再出発を応援してくれた地域への恩返しとして、多田さんは障がい者向けの料理教室や男性向け料理教室、ひとり親向け料理教室などの講師を不定期で行っている。(写真:フレンチテーブル リエルグ)

より多くの人に料理を届けるために考えていること

━━ビジコンで苦労したことはありますか?

多田 一番苦労したのは、収支計画書など書類の用意が難しかったですね。妻や商工会議所の方のサポートで作ることができました。

プレゼンテーションは少し緊張しましたが、それ以上に審査員の方々がとても親身になって聞いてくれたのが嬉しかったです。審査員の方からは「フランス料理は非日常的な体験だから、車は絶対におしゃれにしたほうがいい」とアドバイスをいただきました。また「キッチンカーは許可制のものなので、保健所の申請はしっかりしたほうがいい」という具体的なアドバイスも。店舗とは違って、セントラルキッチンで作ったものをキッチンカーで持ち出すことになるので、車の中の設えなど基準が厳しいんです。

━━審査員の方も、寄り添ってくれたんですね。

多田 そうなんです。「車に乗って行けばいいや」くらいにしか考えていなかったので、そういう部分はとても参考になりました。

ビジコンの審査員の方々のアドバイスを受けて、キッチンカーの見た目はレトロでおしゃれなデザインに。ダークグリーンは、奥さまが好きな色だそう。
キッチンカーのバックドアを開けると、蛇口付きの小さなシンクや折り畳める提供台が。少ない動線で調理や提供ができるようになっている。

━━リエルグとして、今後なにか考えていることがあれば教えてください。

多田 おかげさまで、料理を作ったり売ったりすることに少しずつ身体も慣れてきたので、なるべく多くの人に作った料理を楽しんでもらえるように、お惣菜を真空パックにして通信販売のような形で展開していければと思っているところです。

クラウドファンディングのとき、返礼品に「おつまみセット」というのを考えたんですよ。やってみて、割といけるなっていうのは経験したので、次は本格的にトライしてみたいという気持ちが強いです。

━━ぜひ食べてみたいです。返礼品には、どのような料理を詰め合わせていたのですか?

多田 マリネやパテなどですね。あとステーキを焼いた状態で真空パックして、1~2分湯せんで温めればすぐ食べられる状態にしました。

━━それはすごい! 本格フレンチの一部を家でサッと食べられるのはとても魅力的です。それでは最後に、多田さんが感じてらっしゃる料理を作ることの喜びを教えていただけますか?

多田 お客さまが喜ぶ姿を見られることですね。おいしい料理で幸せな時間を作るお手伝いができた喜びといいますか。それを日々、嬉しく感じています。


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