令和5年「飯田市起業家ビジネスプランコンペティションにて、最優秀賞に輝き注目を集めている「訪問看護ステーション オリーヴ」。これまで看護師一名での訪問が常識とされていた訪問看護を二人体制にする画期的なアイデアを軸に、さまざまな状況で看護や支援を必要とする方へのサービスを展開。すでに登録者は市内だけで50件以上※を数えている。母である看護師の中山久美子さんと共に事業を立ち上げ代表を務める小出真理子さんに、起業のきっかけや事業展開について話を聞いた。
※保険事業の訪問看護と有償サービスの登録合計数
人に寄り添い、制度のすき間も支える看護を│訪問看護ステーションオリーヴ/オリーヴのささえ・小出真理子さん(長野県飯田市毛賀)
事業のヒントは母の姿。「二人ひと組」に訪問看護の可能性を感じて
━━まずは開業おめでとうございます。「訪問看護ステーション」と伺っていたので、病院のような場所を想像していたのですが、こんな居心地の良いカフェが併設されているのですね。
小出 ここは、訪問看護ステーションよりも前に母がはじめたコミュニティカフェなんです。看護ステーションはすぐ隣にあるのですが、ここは地域のクラフト作家さんが展示販売する作品に触れられるカフェとして、2022年4月にオープンしました。
━━お母様も、看護師さんなのですね。
小出 はい、じつは今回立ち上げた二人で担当する訪問看護ステーションのビジネスアイデアも、発想のもとは母の存在なんです。
母は、飯田市松尾にて「わくわく」という名前の介護付有料老人ホームほか施設を8か所立ち上げた人で。私自身、東京からUターンして母の会社のケアマネージャーや経理、会計、人事労務をしながらこの業界のキャリアを重ねてきました。
━━すごい、エネルギッシュな方なのですね。
小出 それはもう。でも、そんな母も年齢を理由に一度、すべての事業から引退する、といい出したことがあって。そのとき素直に「もったいない」って思ったんです。
母の経営能力はもちろん、看護師としてのアセスメント力も、若いころのように動けないから、という理由だけで引退させてはもったいない。とはいえ一人きりで看護を受け持つのはたしかに大変です。ならば、伴走できる若い看護師さんと組んで行うことができたら、お互いのためになるのではと思い至りました。
━━今回のビジネスアイデアをお聞きしたとき、率直に「逆にどうしてこれまで訪問看護をたった一人に任されていたんだろう」という気持ちにもなりました。
小出 国は、一人でできると見たんでしょうね。しかしおっしゃるとおり、実際に看護師の資格を持っている方で「一人で行かなければいけないから訪問看護はちょっと」という方は地域にも多いんです。
車の運転もでき、地理に詳しくなければいけない、症状が悪くなったときにどのように医師につなげるかというコーディネート能力も問われる。患者さんが目の前で急変したときの対応も含めて、「責任が取れない、怖すぎる」というのは、無理もない話だと思います。
ただ、経営の観点から見ると、国が訪問看護は一人で行うことが原則、と定めている以上、「二人で出ていたら成り立たないだろう」と見るのがビジネスのセオリーだと思います。しかし、母のように65歳以上でも自分の経験を役立てられる範囲なら使ってもらいたいという看護師もいるし、まだ経験には自信がないけれどすき間時間からでも働きたいという若い看護師もいます。その両者のマッチングを行うことで、経営が成り立つ形を今回算出しました。結果、「もう一度働いてみようかな」と私たちのところを訪ねてくださる方が、ベテラン世代でもお母さん世代でも増えています。本当に嬉しいですね。
現行制度では補えない、要介護者の「すき間の困りごと」もカバーできるように
━━現在、訪問先は何件ぐらいなのでしょう。
小出 いわゆる訪問看護としての利用先は20件くらいですね。そのほか、有償サービスとしていざとなったら来て欲しいと登録している方が30件、あわせて約50件のみなさまにご登録いただいています。
━━ほぼ飯田市内だけですよね。まだ設立から間もないとは思えないほどの広がりはさすがです。訪問看護と有償サービスの違いはどのようなものなのでしょう。
小出 訪問看護は、医療保険や介護保険を使って受けていただく看護です。一方有償サービスは、それらの保険も使っておらず定期受診もしていないけれど、体調の心配があるから相談したい、こんなことを手伝って欲しい、という方に向けたサービスです。
━━主なサービスは30分単位で1000円というわかりやすい料金体系も良いですね。
小出 そうですね。少し心配、という時点からサービスを利用していただいていれば、いざ本格的に介護や訪問看護が必要になったときにあらかじめ利用者さんの体調や状況を把握した状態で望むことができる、という利点もあります。
さらにじつは、このサービスがあることで、訪問看護ではカバーできない部分を補うということも多いんです。
━━それは、どのような状況なのですか。
小出 たとえば、薬を取りに行って欲しい、というとき。ヘルパーさんにこれを頼もうとすると、介護保険申請をして会議をしてヘルパーさんと契約、という流れになります。一人暮らしの方が「今、コロナに感染したかもしれない」というような緊急対応は難しい。しかし私たちの仕組みの中でなら、医師からの指示を受けて検査をするのは訪問看護で、薬を取りに行くのは有償で、とすべてをカバーすることができます。
━━素晴らしいアイデアです。まさに、「すき間」が埋められずにただ困難を我慢したり、病状が悪化するまで放置してしまう方は多いように思います。
小出 そうなんです。「自分で受診」となると、飯田市のような地方の街ではタクシーに乗って受診して、お薬もらって帰ってくる……と、しんどいなかでの一日仕事になってしまいますよね。それならもう、受診しなくていい、という判断についなってしまうのもやむないことだと思います。けれど、私たちが承ったら、ご自宅でコロナの検査を行い、医師に結果を返すことまでスムーズに行うことができます。
さらに、その方がコロナ陽性でした、となれば、その方の状況、たとえば認知症の進行具合によって朝晩服薬できるのか判断をして医師に伝え、今後自宅でどう過ごすか、薬や体調面の看護を行う……というところまで寄り添うことが可能なんです。
━━この全体が本来、公的サービスになってほしいくらいですが、その実現を待つよりも、まず民間で実践していく、ということですね。
小出 はい。こうしたサポートの一部を、これまで福祉業界のみなさんの善意でまかなわれてきたという実情があることも承知しています。けれど、業界の熱意や善意に頼り切っていて良いのか、と……。対価を支払っていただくサービスでこれをカバーすることで、これまで善意で奔走していた方は本来の業務にまい進できますし、私たちは仕事として入ったからにはご家族も含めて多方面に伝えてみんなで支えていく状況づくりを進めることができます。
こうした課題を解決するサービスも、母が運営する施設で経験を重ねてきたからこそ見えてきたものでした。
5年後には、「オリーヴモデル」を全国へ
━━聞けば聞くほど考え尽くされたビジネスプラン、「飯田市起業家ビジネスプランコンペティション(以下、ビジコン)」の最優秀賞も納得ですね。
小出 ありがとうございます。ビジコン受賞は私たちの事業にとって本当に大きな助けになっています。まず、賞金で軽自動車を買わせていただいて、スタッフがあちこちに飛んでいけるようになりましたし、地元紙などでの受賞の報道によって、創業直後から認知度アップをずいぶん助けていただいて。このカフェに受賞の盾や当時の記事を飾っているのですが、「見たよ!」と声をかけていただけることが多いんです。
それは私たちの仕事に欠かせない「信頼」にもつながることで、とても助かっています。
━━まさに順風満帆な門出のように思えますが、あえて課題があるとするならば、どういったところでしょう。
小出 医療機関や行政の方々が訪問看護は何らかの医療的処置が必要な時だけつかえばよいと考えておられるので、看護を「生活環境から整えるということに利用する」視点がまだ少ない事と、一般社会も看護師=点滴等の処置というイメージが強いことで、訪問看護の本来の役割の認知度が低い事が課題です。もっと気軽に利用してもらえるといいなと思っています。必要な方に私たちがご用意している多様なサポートの存在が届くように、今後もPRに力を入れていきたいので、今回の取材もとても嬉しかったです。
━━すでに、オリーヴさんがなかったころには戻れない、という方も多いのではないかと思いますが、今後の展望をお聞かせください。
小出 まず、いま力を入れているのは、法人様向けの介護分野コンサルティング「オリーヴのサポート」です。たとえば、すべての企業さんに知っていただきたい「仕事と介護の両立支援」というものを厚生労働省が定めているのをご存知ですか?
━━いえ、不勉強ながら……。
小出 ですよね、これは就業規則を整備し周知することで、中小企業なら介護休業でも30万円、職場復帰時にも30万円、業務代行で新規雇用があれば20万円が支給されるという、経営者にとっても働く人にとってもうれしい制度なのですが、あまり知られていないのが実情で。こうした情報提供を行なって、企業が安心して介護休業を従業員にとってもらえるようなサポートをしていきたいです。
━━なるほど、各家庭にリーチしていくのとはまた違った方法で、見えていないニーズに出会えそうですね。
小出 そうなんです。企業にとって失うことが大きな損失となってしまう50代以上のベテラン社員ほど、介護をきっかけに離職、という課題を抱えることが多いもので。そうしたことをできるだけ避けられるようなお手伝いをしたり、実際に介護をされている社員さんの相談をお受けし、適切な介護環境の整備することで家庭もうまくまわり、仕事にも復帰しやすくなって……という循環をつくることが、このプランの目指すところです。
━━そして、原点である訪問看護も次の展開をすでに構想中とか。
小出 はい、今後認知度が上がってくればさらにニーズが増えてくると思うので、来年以降には4人以上の常勤を増やして大規模化をめざしています。助成金を出してくださるという県の計画があったので手を挙げて、いま、結果を待っているところなんです。
規模拡大ができれば、カバーできる範囲も広がりますし、働く方の採用も増やせます。正社員は8時半から16時半が勤務時間で、残業はありません。パートさんは夜勤やオンコールなし、というメリットを活かし、それぞれの持てる力で地域を担っていく柱になってもらえたら。そんな実践を重ねて、5年後には私たちの事業を「オリーヴモデル」として全国に広めていけるぐらいに育てていくことが、今の私の目標なんです。
━━南信州から日本の介護の常識が変わっていく──そんな未来が見えそうな、希望を感じるお話でした。ありがとうございました。
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