家具のOEMを10年間経験し「自社製品を作りたい」という思いが芽生える

━━山深く、とても趣深い地域を拠点になさってますね。布野さんは地域おこし協力隊として、南信濃へ来られたと伺いました。そもそもご出身はどちらですか?

布野 出生地は違いますが、小学生のころから埼玉県加須市で育ちました。新興住宅街や田んぼが多い、いわゆる東京のベッドタウンです。

━━山に囲まれた南信濃とはまったく違う環境ですね。

布野 はい。いつも山は遠くに眺めていました。

布野さんの工房は、かつて和田宿として栄えた商店街に建つ長屋の一階にある。

━━大学では工学部に進学したということですが、その分野に興味をもったきっかけは?

布野 幼いころからものを作るのが好きで、小学校では工作や絵画などでよく表彰されていました。高校に上がったころから「ものづくりに関わる仕事をしたい」と思い始めて。とくに家具を作りたかったので、大学はプロダクトデザインを学べる学部を選びました。

大学時代は、自宅用の家具を作ったり、学校の課外授業の一環で「TOKYO DESIGNERS WEEK」に出品する作品を作ったりしていましたね。ものを作っているか、お酒を飲んでいるか、という生活 (笑)。おかげで必要な単位を落としてしまい、最終的に6年間、大学に通うことになったのですが……。

━━学生生活をしっかり満喫なさったと(笑)。卒業後、就職はどのような会社に?

布野 都内に本社がある家具メーカーです。オフィス用の回転椅子をOEMで製造するのがおもな事業。具体的には受注した案件を中国や台湾の協力工場で作って納品するという仕事で、僕はそのディレクションをしていました。

中国や台湾のメーカーが自社商品を作る際、その設計やディレクションを任されることもありましたね。“開発職”と呼ばれる営業と設計の中間のような役割で、営業担当といっしょにお客様のところへ行ってヒアリングして、基本の構造などを考えて絵(図面)にして、それを設計担当とさらに詰めていく、という仕事です。また量産体制を作るために、スケジュール管理を含めて海外の工場とさまざまなやりとりをしていました。ほかに木製雑貨のOEMも行っていて、それは設計してベトナムの工場で量産していました。

2022年夏より、南信濃の地域おこし協力隊として活動中の布野宏明さん。学生のときから野外フェスが好きで、そこからキャンプ、登山とアウトドアを楽しんできた。

━━ものづくりに直接的に携わる部分から量産のための仕組み作りまで、幅広く経験なさってきたんですね。

布野 そうですね。在籍した10年間はずっと開発職でした。働くうちに「自社商品を作りたい」と思うようになり、自社商品を扱うベンチャー系の家電メーカーに転職したのですが、「自分が思っているものづくりとは全然違う」と感じて……。「だったら自分でやろう」と思い、その会社を3カ月で辞めて飯田市南信濃の地域おこし協力隊に応募しました。

“地域産材を使った家具作り”をするために南信濃へ移住

━━南信濃の地域おこし協力隊に応募したのはどのような経緯だったのですか?

布野 妻が飯田市の出身で、妻の父のルーツが南信濃にあることが大きかったですね。

━━奥さまの繋がりがあるとはいえ、東京から人口1,000人強の南信濃に移住するというのは、なかなかのジャンプですよね!

布野 東京に住んでいたころから山登りが好きだったので、ここのように山に囲まれた地域にもよく足を運んでいたんですよね。漠然と「いいな」と思っていました。

布野さんの工房から見える里山。山肌を覆う木々のシルエットを見ればわかるとおり、この地域にはヒノキやスギが多い。

━━なるほど、それは納得です。地域おこし協力隊に着任なさったのが2022年の夏。コロナ禍自体も、移住を後押しするきっかけにはなりましたか?

布野 はい。テレワークなどで色々と動きやすくなって、「現実的に田舎へ行けるな」と。そのときにはすでに、東京の狭いところで暮らすより、田舎に行って、好きにものを作ったり家をいじったりしながら暮らしてみたいと思っていたんです。

━━ものづくりを思う存分にできるという意味では、とてもいい環境ですよね。素材として“木”に着目したのはなぜだったのですか?

布野 大学生のときから、木で家具を作っていましたからね。

一方で、オフィス用の回転椅子はプラスチックと金属でできていました。中国が日本のゴミを受け入れなくなって国内にプラスチックゴミが溢れるという問題が起きたとき、「うちの会社も海外から大量にプラスチックを仕入れているな……」と考え始めたことも、木製品に目が向くきっかけになりましたね。

木製雑貨はベトナムの工場で作っていましたが、中国やアメリカから輸入した木材を使っていたんですよ。わざわざベトナムで作っていたのは、木材が豊富だったからではなく人件費が安かったから。輸送コストをかけながら製造していましたが、ふと足元の日本を見たときに、木に囲まれていると気づいたんです。そのときから会社の同僚たちと「日本の木でなにか作れないかな」と話したりしていました。

布野さんの工房内。木材加工用の機械や木材がところ狭しと並んでいる。

━━「日本の木を使ってものづくりをしたい」という思いは、そのころから持っていたと。

布野 はい。それもあって「地域資源を使った事業を作る」というミッションで南信濃の地域おこし協力隊の募集が行われているのを知ったときに、決意が固まりましたね。地域おこし協力隊としては今ちょうど3年目を迎えたところなのですが、着任当初は、なにから始めればよいのかわからず手探りでした。役場の方に「布野さんのやりたいことを自由にやっていいんだよ」と言っていただけたのはありがたかったのですが……。

━━「地域産材を使う」というテーマはあっても、どの木を使うかとか、誰に聞いたら手に入るのかとか、そういったことはわからないですもんね。

布野 そうなんです。なので、最初は人づてに繋いでもらうところから始めました。今、木材の調達に関しては森林組合の方々に協力してもらっています。

KUREKit®には、地域の森林組合から購入し、地域の製材所で製材した木材を使用。
実際に山へ足を運んで使用する木材を選ぶところから、布野さんのものづくりは始まる。

キャンプファニチャー組立キット「KUREKit®」に込められた地域のストーリー

━━「KUREKit®」のアイディアは、どのように生まれたのですか?

布野 地域おこし協力隊の活動の一環で受講した、飯田市主催の「農村起業家育成スクール」のなかで考え出した商品です。元々、折り畳み式の家具の構造を考えることが好きだったんですよ。キャンプが趣味ということもあって、キャンプ用の折り畳みテーブルを作ろうと思いました。

地域産材のヒノキの未利用間伐材を使用した、キャンプファニチャー組立キット「KUREKit®」。ヒノキのような針葉樹は広葉樹に比べて軽量で、キャンプ用テーブルに最適なのだとか。
脚と天板を固定しているパラコード(ナイロン製のコード)を外せば、脚を内側に折り畳める。さらに分解してコンパクトにすることも可能。

━━アウトドアシーンでは、折り畳み式のアイテムは重宝されますからね。改めて、KUREKit®のポイントを教えていただけますか?

布野 いちばんのポイントは、南信濃の山で採れた間伐材を使っていることです。間伐材のなかでも径が細いものや曲がっているものなどを使っています。

━━間伐材のなかにも種類があるとは知りませんでした。

布野 木材は大体が建材に使われるので、曲がっていたりすると弾かれてしまうんです。そうした難ありの木材は大体がチップに加工されるので、価値が下がってしまう。こうした状況があるということを、南信濃に来て、森林組合の方々から話を聞くことで知りました。そこで僕は、未利用間伐材をできる限り正規の価値のままで使えるように、家具に有効活用しようと考えたわけです。

木の皮の部分などをあえて残し、製品の個性を際立たせている。

━━木材そのものにストーリーがあるのは素敵ですね。

布野 もうひとつのポイントは、自分で組み立てられることです。木材は切りっぱなしの状態で販売予定なので、買った人は自分でヤスリをかけて角を整えるとか、オイルを塗るとか、自由にカスタムできる余地を残しています。

僕のこれまでの経験を活かすなら、職人的な木製品ではなく、量産という視点での木製品、つまり手に取りやすい価格帯の木製品を作ったほうがいいだろうなと。事業がうまくいって販売数を増やすことになった場合も人を雇いやすいですし。

━━DIY気分を少しだけ味わいたい人に、とても刺さりそうです! KUREKit®の名前の由来を教えていただけますか?

布野 江戸時代、遠山郷は幕府の天領地で、木材を年貢の代わりに納めていた時期があったそうなのです。“榑木(くれき)年貢”と言うんですけど。その“榑木”と部品のセットという意味の“Kit”を組み合わせました。歴史にあやかって、収納袋も米袋を改造して試作しているところです。売るときのパッケージと、ユーザーが実際に使うときの容れ物も兼ねて。米袋は強いですから。

━━理にかなっているし、なによりロマンがあります。お江戸で売れるといいですね!

布野 そういう地域の背景も、商品の魅力として押し出していきたいです。

江戸時代、遠山郷の上質なヒノキから割り出された建材は榑木と呼ばれ、年貢として幕府に納められていた。年貢といえばお米、ということで米袋に見立てたKUREKit®用の収納袋を試作中。

ビジコン賞金で、頼れる仕事道具を購入。年内販売開始に向け、着実に準備を

━━最近はどんな活動をなさっていますか?

布野 KUREKit®の年内販売に向けて準備をしつつ、特注家具の製作などほかの受託案件をやったり、作業場の改修をしたりしています。

━━年内に販売予定とは!もうすぐですね。金額は決まったのですか?

布野 金額はまだ……。飯田市の起業家ビジネスプランコンペ(以下、ビジコン)に出たときに、ざっくり2万円とお伝えしたままです。キャンプ用の折り畳みテーブルはすでに市場に多く出回っていますが、ガレージブランドとして認知され人気を得ることができれば、結構高い値段で売れるんです。KUREKit®も、狙うならそのニッチな市場かなと。材料にこだわり、組立キットとして販売しているメーカーはあまりないので、差別化にはなるかなと思っていて。競合メーカーをチェックしながら、検討しているところです。

━━妥当な金額を判断するのは難しそうですね。ビジコンの話も少し伺いたいのですが、布野さんは令和5年度のビジコンでの入賞賞金をどのように使われましたか?

布野 木材を加工するための工具と、製図用のPCを購入しました。結構助かりましたね。

ビジコンの賞金で購入した工具「ドミノカッター」。高価な特殊工具で、ビジコンの賞金があったからこそ、このタイミングで手に入れることができたそう。

━━賞金50万円は大きいですよね。ビジコンに参加してみてどうでした?

布野 緊張しましたね。農村起業家育成スクールの発表は学校の集会みたいなアットホームな雰囲気だったので、それをイメージして行ったら思った以上にカチっとしていて(笑)。プレゼン用の資料は農村起業家育成スクールで一度作っていたので、それほど大変ではなかったです。

━━プレゼン後の講評で、印象に残っている言葉はありますか?

布野 審査員の方に「ストーリーが肝だよね」といったコメントをいただいて、「この方向でいいんだ」と背中を押された気持ちになりました。あとは、商標取得の重要性についてアドバイスいただいたのも良かったです。それで実際、KUREKit®の商標を取得しました。別の個人や企業に商標を取られてしまったら、この名前が使えなくなってしまうので……。

━━KUREKit®が世に出る前に商標を取得できてよかったです。布野さんは、今年の6月に開催された「第4回I-Port.bizチャレンジャーズ・ミートアップ」にも、ピッチの登壇者として参加なさってましたよね。

布野 はい。そのときも、しっかり講評いただいてありがたかったですね。ゲストの渡邊信彦さんから「事業をどのような規模にしたいとか、将来のスケール感を考えてやったほうがいい」と言われたことも印象に残っています。

事業の規模感もそうですし、たとえば「この地域の未利用間伐材をすべて無くしたい」とか、事業のコンセプトをしっかり考えなければと思うきっかけになりました。それも今、商品の改良と合わせて試行錯誤しているところです。

━━I-Port.biz主催のイベントがお役に立ったようで、うれしいです。KUREKit®の販売開始を心待ちにしています!ありがとうございました。

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