勤めていた市内の老舗楽器店が不景気のあおりを受け、「管楽器」に関わる事業からの撤退を宣言する中、同事業を受け継ぐ形で独立を果たした富永さん。地域にニーズがありながらも、時代の流れの中で消えかけていた事業を引き継ぎ開業するという、これまでにない形の事業承継を実現させ、令和6年「飯田市起業家ビジネスプランコンペティション」の最優秀賞に輝きました。「飯田市の音楽文化の発展を支えていきたい」との思いで「I.WINDS」を屋号に管楽器専門店を開店させ、これに付随した修理やレッスン等の事業を展開する富永さんに、起業までの経緯やビジネスプラン、今後の展望まで話を聞きました。
管楽器専門店から、飯田の音楽シーンに新たな風を|I.WINDS・富永由帆さん(飯田市大門)
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祖父の持ち物だった学生寮を—管楽器プレイヤーの集いの場に
━━コンパクトな店内に商品がたくさん並んでいてワクワクしますね。どことなくレトロな雰囲気も素敵です。この建物はご家族から受け継いだものだとか。
富永 そうですね。もともとは祖父の持ち物で、しばらく空き家になっていました。祖父は昔、かつてここで高校生向けの寮を営んでいたそうです。3階建ての変わった造りなのですが、1階部分をリノベートして店舗にしています。クロスなどは貼り替えましたが、あるものを残した部分も多いので、普通の店とは違う空気感があるかもしれません。
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━━駅からも近くて学生さんたちも足を運びやすそうですね。
富永 桜町の駅(飯田線)から歩いて10分くらいです。実際、利用者の半分は中学・高校生ですね。飯田下伊那って特に吹奏楽が盛んで、中学・高校の部活動も熱心なんですよ。
また、一般の方々で結成している吹奏楽団が、飯田市だけでなく、高森町、松川町、豊丘村、喬木村、下條村など近隣の市町村にもそれぞれあります。こんなに楽団が多い地域は他にはないみたいです。
━━富永さんご自身もプレイヤーなんですよね。
富永 はい。サックスを吹いています。中学校の吹奏楽部で始めて、高校卒業後は専門学校で4年間学びました。今は飯田市民吹奏楽団に所属しているのと、友人4人で「ふらっと♭四重奏団」というユニットを組んで演奏活動を行っています。
━━オープン以来、評判を集めているこのお店ですが、品揃えなど意識している点はありますか?
富永 簡単なお手入れ用品などは、他に買える場所もありますが、そこでは買えないもの……例えば、SNSで話題になっている商品や、プロが使っているけれど県内ではあまり扱っていない商品を揃えて「都会に出なくても地元で手に入るよ」という部分を目指しています。
もちろん今はネットで何でも手に入る時代ですが、管楽器系の部品って数千円から数十万円するものも多く、ネットで買うのは自分自身も抵抗があって。実際使って良かったものや、友人が使って評判の良いものをなるべく取り寄せるようにしています。
━━ご自身もプレーヤーだから気持ちがわかるんですね。
富永 私の場合は「周りと同じ」が嫌なタイプなので、マニアックな方に進んでいるかもしれません。でも、どこでも手に入る王道の品ではなく、違う部分をカバーしていきたいなと。特に中・高校生は、学校にある楽器を使うことがほとんどで「自分のものを使う」という感覚が少ないので、マウスピースや付属品を買う時はできるだけこだわって欲しいし、そういう楽しさも伝えてあげられたらと思っています。
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「この場所がなくなったらどうなるんだろう」 中・高校生との交流が起業のきっかけに
━━富永さんが音楽を始めたきっかけは?
富永 父も楽器を演奏していますし、母も幼教でピアノを習っていて、幼い頃から音楽は身近にありました。父はユーフォニウム担当で、僕の「由帆」という名もそれが由来です。父が友人の結婚式で吹いたサックスがたまたま家にあり、それを吹き始めたのが出合いでしたね。
━━なるほど、まさに音楽一家なんですね。珍しいお名前だとは思いましたが、楽器の名前が由来だったとは。
富永 女性に間違えられることも多いですし、子どもの頃は恨んでいたんですけど(笑)この業界に入ったら、やっぱり覚えてもらいやすい名前なので今は気に入っています。
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━━音楽を仕事にしようと考えたのはいつですか?
富永 高校では商業を学んでいたので、商業科の大学への進学も考えましたが「もう少し音楽にきちんと向き合ってみたい」と、東京の「尚美ミュージックカレッジ専門学校」に4年間通いました。その頃には漠然と音楽関係の仕事に就きたいと考えていた気がします。他の職に就くことが想像できなかったのもありますし、一番自分に向いているのかなと。
━━東京でも音楽活動は続けていましたか?
富永さん 生演奏のミュージカルでバックバンドを務めたり、同級生とサックスの四重奏カルテットを組んで演奏活動をしたりしていました。
━━そのまま東京で音楽を続けるという道もあったと思いますが、帰郷したきっかけは?
富永 さらにもう2年、大学院へ進学することも視野には入れていましたが、家族の体調の問題もあり帰郷しました。それから飯田市の和光楽器で音楽教室の委託講師として働き始めました。
━━なるほど、最初は講師をされていたんですね。
富永 ガソリンスタンドのアルバイトと並行して講師の仕事を続けていたのですが、令和3年頃に社員として入社することになり、営業などの仕事も任されるようになりました。その後、和光楽器が事業の縮小を宣言し、予約営業のみという話が出たので、今回の起業へとつながりました。
━━起業を決意したきっかけは、勤務していた会社の事業縮小だった。
富永 はい。社員として勤務していたころから、中・高校生がたくさんお店に来ていて「今度、定期演奏会があるので来てください」とか「これ、どうやって吹いたらいいですか」と相談に来てくれる子も多かったんです。
「そういう場所がなくなったら、この子たちはどうなるんだろう」と考えたのが起業のきっかけです。
「ニーズは確実にある」と信じて。地域課題に合わせ、4つの柱で事業を展開
━━なるほど、若い世代とのたくさんの心の交流があったんですね。ただ、前社が管楽器事業の縮小を余儀なくされるという状況の中で、富永さんはどんなところに可能性を感じたのでしょうか。
富永 コロナ禍の影響で音楽業界全体が衰退したこと、また少子化などの影響もあり物販などの売り上げが落ち込んできたことが事業撤退の大きな理由だと思います。しかし一方で、ニーズは確実にあるし、音楽のイベントも多くなってきている。やり方次第ではうまく結びつけることができるのではと考えました。また、部活動の地域移行が本格化するにあたり、可能性を感じた部分もあります。
━━現在「店舗での販売」に加えて「学校販売」「管楽器の修理」「レッスン」という4つの柱を事業の柱に掲げていますが、学校販売でも独自性を出しているんですか?
富永 和光楽器で扱っていた商品のルートも活用しつつ、これまで扱えなかった商品も新たにルートを開拓し、今は国内外でとれないものはほぼないところまで来ています。また、店舗の奥に修理専門の部屋を備えていて、リペアマンがその場で修理できる体制もとっています。メーカーに送ったりすると、戻るまでに1週間〜1ヶ月はかかりますし、その間に楽器がないのは不便ですよね。そうした部分も重宝していただいています。
━━レッスンもここで行っているんですか?
富永 店の奥にあるスタジオでレッスンをしたり、学校の部活の時間のパート練習の際に訪問してレッスンすることもあります。
━━オリジナル商品の開発もしているんですよね。ホームページで「音響改善グッズ」を目にしましたが、これはどういったものですか?
富永 実物がこれなんですけど…。見た感じだと、ただの金属のリングですよね。
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━━え、こんなに小さいものなんですね!これはどこに付けるんですか?
富永 楽器の「接合部分」につけるものです。接合部分は振動が逃げていってしまうところなので、そこに銅などの異種金属をつけると振動効率が上がったり、振動の伝達性が向上したりして、より楽器の響きが増します。
━━市販の商品にはないものですか?
富永 売られている商品はありますが、専売品で扱えないこともあり開発に踏み切りました。いろいろな厚さを試して、試奏してすべて手作業で作ってもらっています。楽器業界は仕入れの価格が高くて利益率もかなり低いので、利益を上げていくための一つの方法として開発に着手しました。少しの工夫で音が良くなる商品がいろいろ出てきているので、参入していけたら面白いなと考えています。
━━この「音響改善グッズ」は子どもたちのスキルの向上にも役立つとか。
富永 管楽器は低い音や高い音が不安定な楽器なので、しっかり息を吸えない子は苦しいんですよね。でも、楽器の振動が増えることによって音量がアップするので悩みの解消に役立っているようです。
━━例えば「こういうことで悩んでいます」という相談もできますか?
富永 そうですね。相談してもらえれば適した商品もアドバスできますし、その時に楽器を持ってきて吹いているところを見させてもらえればアドバイスや提案もできます。
こういうタイプのお店、関東には結構ありますが、県内だとほとんどないと思うんです。
中古楽器の販売にも注力し、新たな扉を開くきっかけづくりを
━━ここまで順調に歩みを進めている富永さんですが、これからの課題は?
富永 先ほど話したように、高校までは熱心に楽器をやっている子が多いのですが、そこで終わってしまう子がほとんど。一生涯の趣味として音楽を続けてもらうためにも、手を出しやすい中古楽器の販売に力を入れていきたいと考えています。
━━確かに自分の楽器があれば続けるきっかけになりますね。
富永 いろいろ思い出もできるし、手放すのが惜しくなるんですよね。それがあったから「また大人になって再開した」という方も多い。だから、できるだけ自分の楽器を持って、大切に使える子たちを増やしていきたいなと思っています。
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━━そのためにどんな働きかけをされていますか?
富永 新品も取り寄せ可能ですが、当店の場合は基本的に中古品をきれいに修理して販売をしています。新品と比べれば価格を抑えることができるので、選択肢がいろいろ広がります。また例えば、学生のころに使っていたけど押入れの中で眠っているという楽器がこの飯田市内にもかなり存在しているはず。それらをなんとか市場に出して、新たな所有者の手に渡るという幸せな楽器の循環ができるようになっていくと、中古市場の値段ももう少し下げることができます。何かしら、そういう部分に働きかけていきたいですね。
━━では最後に、今後の展望を教えてください。
富永 スペースも限られていますが、取扱い点数や、取扱う楽器の種類を少しずつ増やしていきたいですね。そして、購入から販売、メンテナンス、さらに使い終わった後に売るところまですべて当店で完結できることが目標です。
それから、飯田の音楽文化の活性化や発展に努めていきたいです。小学校の金管バンドや中学・高校の吹奏楽部を通じて子どもの頃から音楽の芽を育むのはもちろん、大人の方や、定年を迎えた方の新しい趣味としても音楽をぜひ薦めたい。サックス奏者のレジェントでもある渡辺貞夫さんは92歳で精力的に全国を回っていますが、スポーツと違って楽器は指が動いて息が吐ければ音が出ます。音楽の素晴らしさ、豊かさをさまざまな方面から伝え、この店が新たな世界への扉を開くきっかけになればと願っています。
━━ありがとうございました。