「高校時代のあの時間、もっと上手に使いたかった」

━━起業二年目にして生徒増加による移転、おめでとうございます。飯田高校はすぐ目の前、お二人にとっても馴染み深い環境ですね。

金田:ありがとうございます。最初は生徒さん数名からはじまった事業でしたが、おかげさまで当初5年程度での達成をめざしていた生徒数を1年で超えることができ、つい先日ここに引っ越してきたばかりです。

大きく宣伝はしていないのですが、以前からの知り合いの親御さんなどを介して、口コミで広がっていって。期待は受け止めながら、地元のありがたさを感じているところです。

「つばめ学習舎」教室内。窓からは二人の母校である長野県立飯田高校が見える

━━金田さんは早稲田大学を卒業し、荒井さんは京都大学を大学院まで修めたとのことですが、その後Uターンしここ飯田で起業されたきっかけはどのようなところにあったのでしょう。

荒井:話せば長くなることでもあるんですが……最初のきっかけは、京都にある、中華チェーン店「王将」での雑談でした(笑)。

━━あの王将で?

荒井:はい。私たちはもともと高校の同級生で、その後浪人、大学と拠点は離れながら互いが暮らす場所を行ったりきたりする交際期間が10年ほど続いていました。その会話をしたのは、彼が転職をして京都に来てくれていたときのことで。

昼間ご飯を食べようと入った王将で、ふと見回したら店内で、テスト期間らしき高校生たちの姿をみかけたんですね。「私たちもああいう時期あったよね」なんていうところから、「そういえば、高校時代の受験直前って、結構しんどかったよね」という話で盛り上がったんです。

━━現役受験前の状況に、地域課題とも思える共通項があった。

金田:二人とも結果的に浪人を経験していますから、余計にそう思ったんだと思います。

荒井:前提として、高校での勉強も楽しい時間でした。とくに当時の担任は数学の教師だったのですが、今振り返っても素晴らしい先生だと思います。当時教えてもらった考え方が血肉になり、今の授業につながっていると日々感じています。

それでも学校全体として、受験対策という意味では十分でない面も多くあって。

とりわけ高校3年生の受験前には、授業も終わって自分で頑張るしかない、という期間がありました。塾にも行っていたけれど、それでも手探りな感覚で。「急に放り出された感覚でどうしたらいいかもわからず、焦るばかりでうまく時間を使えてなかったよね」と……。

荒井:高校生当時はそういうものなのかな、と思っていましたが、その後一浪して大学に進学したあとに出会った友人たちと高校時代の話をしたり、大学時代から関わっていた「NPO法人寺子屋プロジェクト※」に新卒で入職したりするなかで、いろんな学びの場を見てきて、もっと良い環境づくりができるという可能性に気付かされていたんです。

私たちの地元は、だいぶ選択肢が狭かったのかもしれない、他地域では早い時期から、もっと時間を有効につかえている人がたくさんいる。それってやっぱりあんまりよくないよね、と……王将でご飯を食べ終わるころには「あれ?これは事業にできるのでは?」と、ビジネスアイデアの輪郭ができていました。

※京都府京都市内の寺院を会場に、「良い学びの場のモデルづくりと展開」に取り組むNPO法人 https://teraschool.org/

━━ビジネスのアイデアとともにUターンのイメージも一気にまとまってきたんですね。

金田:はい。Uターンが可能だとすぐに感じられた理由として、私も彼女も当時京都で就職していた企業が、フルリモートで働ける条件だったことは大きいですね。「二人ともリモートで働けるなら、どこいっても一緒じゃない?」という感覚であったことに加えて、どちらの会社も副業的にビジネスを始めることを応援してくれる会社だった。

いきなり独立ということではなくて、一年間は二人とも副業という形で塾をやらせていただいて、自分たちのビジネスを規模が小さいところからでもスタートできる、そんな環境にも恵まれてUターン起業ができたと思っています。

一人ひとり、「納得できる進路」を見つける時間を大切に

━━先ほど「時間の使い方」という話がありましたが、この塾で提供したい「良い時間の使い方」とはどのようなものでしょう。

金田:まず、地方の公立高校は、都市部の中高一貫校や私立高校に比べると学校での指導が授業内容の進度から違っています。私たちも高校時代はそのことにまったく気づかず、浪人や大学進学をした後で「自分たちの状況が普通ではないんだ」と思い知らされたということは、先ほどお話したとおりです。

自分自身の受験勉強を思い返してみても、現役受験のときはギリギリまでただ単語帳だけ見ているような、「わかっていない」状態だったと思います。でも本来、受験にはセオリーがあり、時期ごとにやるべきことがある。自分たちの高校時代にそういう情報が足りていなかったという実感から、受験に向け無駄のない時間の使い方を教えられたらという考えがあります。

荒井:そして、そもそも受験の目的を決めること、つまり先の進路を見定めること自体も「ゆるかった」なあということも、後から気付かされましたね。ここ飯田は4年制の大学がないこともあり、「この大学にいきたい」とか「この学部に興味がある」、というイメージをなかなか描けずに、とりあえず偏差値で選んでしまいがち。言ってみれば高校受験のときと一緒で、「勉強できるなら飯田高校行こうか」「この成績ならこの高校かな」という延長で大学を選んでしまうというのが多くの地方の高校生の実情ではないかと思うんです。

つばめ学習舎代表・荒井尚緒さん

荒井:けれど、私たちは「ここに来る全員に、いわゆる“いい大学”に行ってほしい」、とは全然思っていなくて。その子自身が面白いな、と思えること見つけるなかで、その子が本当に納得できる進路を選ぶことが大事だと考えています。

その結果、進学してしっかりとした大学で学びたいという子たちには、受験を突破するスキルも含めた情報提供を徹底します。一方、偏差値的に高いところではなくても、自分の興味がある大学を探してみる、専門学校に進む、なんなら進学する以前に興味があることを勉強してみよう、たとえばプログラミングさわってみたり、憧れの仕事に就いている人に連絡とってみるなどといった動きなど、それぞれの意欲や方向性を探る時間を大切にした学び舎でありたいです。

━━つばめ学習舎がコンセプトに掲げている「コーチング型学習塾」というところにつながってきそうです。

荒井:はい。それこそ王将で話しているときに、「勉強の内容を教えてくれる塾はいっぱいあるけれど、『本当に自分がその大学にいくのがいいのか』という相談ができる場所ってなかったよね」ということも共通の感覚として見えてきて。その課題の解決方法を考えるなかで「コーチングが近いんじゃないか」という予感があり、実際に立ち上げの際には改めて情報収集を重ね、ひとつテーマとすることになりました。

金田:起業にあたって、いろいろな立場の方にヒアリングをさせていただきました。今言ったような内容は、いわゆる学校の「進路相談」と被るところが大きいと思うのですが、学校の先生にお話を聞いてみたところ、「学校ではそれほど一人ひとりに合わせて進路の可能性を深掘りしたり、調べてアプローチしてみたりということは時間的にもできていない」というお話でした。ならば学校を補完するように(コーチング型の指導を)やってもいいんじゃないかと、より私たちの役割が明確化されました。

つばめ学習舎代表・金田啓之さん

━━塾としてのカリキュラムやコース内容はどのようなかたちなのでしょう。

荒井:まず、ベースとしてコーチングを受けていただき、中長期的な目標設定や目的に合わせた学習計画の設計などを納得できる状態で組み立てることを基本としています。そのうえで、科目別の個別指導と集団指導を行っています。「集団」といっても1回5名程度で、少人数を大切にしています。

そして、公式のLINEアカウントを使ったサービス「いつでもつばめ」をご用意しているのも特徴かもしれません。

━━LINEのやりとりは無制限とか。

荒井:もちろん、「問題への質問などは講師の回答が簡潔に済むもの」などのルールは定めていますが、困ったこと、わからないことの質問や相談だけでなく、日々の学習の記録メモのようなかたちでも、LINEを活用してもらいたいと考えています。

ただ、こうしたコースも、授業内容や科目も、この一年でどんどん変わってきていて。生徒たちの要望や反応に応えながら、日々更新を重ねています。

━━たしかに、まだ始まったばかりですし。

荒井:ですね。最近は年度が始まるタイミングで「やってほしい授業ありますか」って、アンケートをとって進めているので、ほぼオーダーメイドです。

「学校は、学習ではなく文化的活動の場所」。都市部出身者の話に衝撃

━━お二人自身は、高校時代や受験生の生活をどんな風にすごしていましたか?

金田:先ほども少し触れたとおり、とくに現役のころの受験勉強は全然ダメでしたよ。とりあえず机には向かっていましたけど、内容は全然。そもそも自分で勉強方法を調べてよりよいものにしていくという感覚があまりなくて、今までやっていたことの延長で、学校で配られた問題集と、過去問をやってみるくらいで。あれで受かっていたら奇跡だな(笑)。

━━(笑)生徒たちにとっても親近感がもてるかもしれません。

金田:だから、浪人したのもすごくよかったと思っていて。予備校で、中高一貫校の私立の人たちと出会って友達もできましたし、高校の授業にはない、受験に特化したスキルなどの情報を知れたのは良かった。なにより、浪人していなかったらこの塾はたぶんできていませんから。

━━荒井さんはいかがですか。

荒井:私も大体似たような感じです。現役時代は「なんとかなるだろう」、みたいな感覚だったんです、なるわけないんですけどね(笑)。

一方、予備校に入ってみたら、受験勉強が楽しかったんです。「効率の良い勉強法とは」ということも含めて学べたことは、今にもつながっていると思います。やっと、他の地域と同じ環境で勉強できたんだな、というか。

━━たとえばどんなことが、他地域と違いましたか?

荒井:都市部の高校などでは、基本的にはみんな学校が終わったら自分の所属する予備校が決まっていて、学校が終わってからがメインの勉強、みたいだったと聞きますね。その塾での進度で自分の勉強が進んでいるから、私の一番仲良かった友達などは、「塾で勉強を進めて、学校は講演会を聞きに行く場所みたいな感じだった」って。

文化的な活動プラスアルファをする場所が学校で、受験のための勉強は予備校でやってきたと話していました。塾は学校というメインありきの補習と捉えていた私は「えーっ!」と驚くばかりという。

━━そう考えるとお二人は、すごいですよね。のどかな雰囲気で、のびのび若い時代を過ごして、その後勉強して自分の進路を見定めていかれて。それができれば、むしろ都心で受験勉強をするよりも幸せかもしれない。

金田:たしかに、浪人生活をさせてもらえたという点も含めて自分たちは恵まれていたと思います。ただ、それぞれ経済的なことを含め事情もあると思うので、うちの塾を利用することで、3年間に収まったらいいなと思っています。

巣立ち、また戻ってこられる「つながりの場」になれるように

━━開業2年目に入ったいま、お二人が感じている手ごたえや課題をお聞かせください。

金田:おかげさまで、こうしてちょっと大きい教室に移ったりすることができるくらいニーズがあったのかなという面で手ごたえは感じていますし、自分で起業する経験は我々にとって初めてですけど、それ自体楽しいので、すごく充実しています。

荒井:本当に、充実していますね。すぐ目の前に生徒たちがいて、ニーズもすぐ目の前で受け取れる状態で、もっとこうしたほうがいいんじゃないかと思い至ったらすぐに自分たちの判断で変えられるという環境は、楽しいしやりがいもあると思っています。

荒井:言葉にすると月並みですが、もはや「感謝」という感情しか生まれなくなってきています。信じて通わせてくださっている保護者の方もそうですし、生徒たちにも。引っ越しをするとなったときも、生徒のみんなに手伝いを募ったらたくさん集まってくれて。

金田:机とか生徒に運んでもらって。

荒井:ラグビー部の屈強な男子たちが、ウキウキしながらみんなで花壇の花を買いに行ったりね。

━━それはうれしいですね。では、今後のビジョンはどのように描いているのでしょう。

荒井:つばめ学習舎はコーチング型学習塾というスタイルに加えて、「飛び立てること」と「戻ってこられること」をコンセプトにしています。昨年からの1年間では大学受験という「飛び立ち」の応援に力を入れてきたので、今後はより「帰ってこられる」ことについてももっと取り組みたいというのは直近、思っていることですね。

金田:これは、まだ妄想の段階なんですが……、たとえば「このコマは地元のどこかの企業さまの提供でお届けしてます」、というような形で、地域企業さまと関わりを持つような形ができたら良いのでは、という構想ももっています。大学卒業し地元で就職をしたいとなったときに、つばめのつながりで紹介してあげることができたらすごく良いなと思っていて。

荒井: あとは、私の学生時代のつながりを活かして、大学で研究を続けていたり企業で活躍していたりする友人と、その分野に興味がある子がオンラインで話せる機会をセッティングすることもあります。こうした取り組みの、地元版もやれたらいいなって思っていて。高校時代の友人で、地元で帰ってきてこちらで働いている人は結構いて、何かできることがあれば力になるよって言ってくれているので、地元での暮らしの可能性などの声が聴けるような、ハブのようになれば良いなと思っています。

金田:僕たち自身、高校卒業後に他地域に出ることで、なんとなく地元との繋がりが切れてしまうことが課題だと思っているんです。

いざ戻っても、自分たちのことを知っている人が、大人とか親族とか以外ほとんどいないという状況だと、やはりUターンもしづらくなってしまいます。ならば、つながりを持ち続けられるような仕組みはできないか。学校では、なかなかそれができないんですよね。公立校は学校の先生たちも入れ替わってしまうので。

荒井:一方、「つばめ」ではそもそもLINEで生徒たちとつながっていますから、卒業した子たちとも関係を維持しやすい環境にあります。この春、初の卒業生が出たのですが、大学に入学した今も「科目登録とかもちゃんとできてる?」とか、「東京にもまれて疲れてない?」って、たまにLINEしたりしてやりとりを続けているので。そういう、細くても途切れないつながりのなかで、帰ってきたいなって子が一人でも二人でも、4、5年後に出てきたらいいなっていうのを感じますね。

金田:……ということを話していると、薄々お気づきかもしれないですが、僕たちの構想はわりと、行政が行っているビジネス支援や移住支援に結構被るところがあるんです。

僕自身、大学で移住施策についてなどを勉強してきたので、自分なりの想いがあるんですが、究極的には行政の仕事は、そこに住む人の「もっとその地域が続いてほしい」との想いに応えることに尽きると思うんですよね。それは、移住促進についても同じことで。     我々のめざすところはたんなる「受験アドバイザー」などではなく、ある意味地縁の一つとして、自分たちが一つ生徒たちとつながって結果的に移住に貢献する、というのが目標の一つです。

塾を起点に、「地域に描く理想」をかなえていく

━━最後に、ビジコンのお話しを。まず、どのようにお知りになりましたか?

荒井:地元の知人のつながりで、「帰ってくるならこんなのあるよ」とお話うかがっていて 。たまたまタイミング的にも、開業準備がひと区切りする良い時期だったので、「これはいいかも」と参加しました。

━━書類やプレゼンの準備でご苦労や工夫された点などはありますか。

金田:ビジコンに出るまでは、ビジネスプランもなんとなくふわふわしていたよね。

荒井:だね、やりながら固めていくみたいなところが強かったので。

金田:漠然とした想いから、現実的にこの一年、二年というなかに落とし込んでいくことは、ビジコンの資料を固めていく中で具体化することができました。

━━良いきっかけにしていただいた。

金田:ほんとにそうですね。こういったインタビューの場も含め、「どういうビジョンですか」と聞かれたときに、かなり具体的にいろいろ話せるようになりました。

人に話せると、「こういうのもいいんじゃない」と、より良い人や情報を紹介していただけることもあり、その先につながりやすくなります。将来のことを具体的に話せるってことは、すごくその先につながることなんだと、実感しています。

━━他の受賞者との横のつながりも生まれますし。

荒井:はい。私たち自身、そんなにぐいぐい外に出ていくタイプではないので、ああいう場があるとちょっと話しかけたり、あいさつをさせていただいたり、飯田で頑張られているほかの方たちと話すきっかけになったこともすごくありがたかったなって思っています。

━━奨励金のほうはどんな感じで活用されました?

金田・荒井:こういう感じで(周囲のテーブルや棚を見回す)、備品の購入などに使わせていただきました。

━━スピーディなのもありがたいですよね。

荒井:はい。商工会議所に行っても、担当の方じゃないと思っていた方もつばめのことを知ってくださっていて、「最近どう?」と声をかけていただきました。地元ならではのあたたかさを感じます。

━━今後は、この塾を軸としながら、お二人らしいビジネスが広がっていきそうですね。

金田:そうしたいと思っています。飯田を離れていたころは、飯田で起業はできないんじゃないかという気持ちもあったんですけど、いざ戻ってみたら、事業を育てていく余地は全然あるなと。

荒井:今後ライフステージ的には、子どもが生まれるかもしれないし、そうなれば調整も必要になるかもしれないけど、その時に一番いい形を柔軟に試しながらトライアルの連続でやっていけたらいいかなって思っています。

金田:この地域全体に、そういう人たちがますます集まっていったら面白いですよね。

━━本当に。お二人の発想と展望に希望を感じました。ありがとうございました。


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