オープン後から、少しずつ設備投資をして整えた快適な空間

━━オープンして3年以上が経過しているとは思えないほど、新しさと清潔感のある空間ですね。このストーブも暖かくてありがたいです。これはオープン後に導入したのですか?

山梨明子さん(以下、山梨) そうなんです。この建物の断熱性能があまりよくないので、暖房をどうにかしなきゃとずっと考えていたので。

『せっかくなら火の見えるストーブを』と思い、見積もりを取ってみたら工事費込みで40万円くらいかかると知って、しばらく二の足を踏んでいました。でも、あるときお客さまが「寒かった」って言っていたことを聞いて。「これは入れないといけないな」と思って、工事をしてもらいました。

部屋全体をじんわり暖めてくれるペレットストーブは、スイッチひとつで着火や消化を簡単に行なえる。

━━なぜペレットストーブを?

山梨 地方で一棟貸しの宿というと、ペレットでなく薪ストーブを入れる方が多いと思います。私はここでは、お客さまのプライベートな空間を大事にしたいと思っていて。

チェックインのとき、お客さまに15分ぐらい説明をしたら「あとはご自由にどうぞ」と伝えてお客さまにお任せしているんです。

このスタイルで薪ストーブだと、たとえば朝起きたら火が消えていた、とか、火の粉を飛ばして火事になる危険性もあります。その点、ペレットストーブなら初心者でも扱いやすいので安全性が高く、燃料を上からザラザラと入れるだけ。つけたまま外出しても火事にならないし、灯油ストーブと違って一酸化炭素中毒の危険も避けられます。そのうえ、火が燃えているのを見られるので、「焚き火をしたい」という最近の若いお客さまの気持ちにも応えられます。オープン後、いちばん最初の大きな設備投資でした。

━━なるほど、理にかなっていますね。ほかに設備投資をしたところは?

山梨 リビングの隣に寝室兼プレイルームがあって、その天井にプロジェクターやスピーカーが一体になったシーリングライトを導入しました。

スクリーンも取り付けていて、YouTubeなどのネット動画をご視聴いただけます。これは天気が悪い日でも、お客さまに楽しんでいただけたらと思って取り入れたものです。そのほか、手軽なところでは、初めての冬を迎える前に人数分の電気式敷布団を取り入れました。これ以外にもいろいろありますが、お客さまが快適に過ごせるように、少しずつレベルアップしていった感じです。

天井に最新のシーリングライトを取り入れた、寝室兼プレイルーム。テラスに隣接していて、テラスではレンタルコンロでバーべキューも楽しめる(有料)。

コロナ禍でも、好スタート」。その理由とは

━━前回I-Port.bizで取材をさせてもらったのはオープン直後でしたよね。

山梨 はい。オープンは2020年の7月でしたね。そこからちょっとずつお客さまが来てくださるようになりました。最初は「本当に来るんだ」という感覚。週末埋まっただけで鼻高々でした。

━━たしかに、当時はコロナ真っ最中ですね。でもだからこそ、一棟貸しというスタイルが良かったということでしょうか?

山梨 そうなんです。先が見えない時代ではありましたが、私自身は意外と悲観はしていなくて。コロナでいろいろが下火になっていった5月や6月も「きっと大丈夫」と、コツコツDIYを続けていました。

もともと、「民泊」というビジネスプランを考え始めたときから、非居住型にするつもりでした。民泊というシステムはそもそも海外のお客さまの受け入れから始まったサービスですし、非居住型の方が感染症に強いとされていましたから。けれど、周囲の方からは、「沢城湖で民宿やるんでしょう?そっちへ引っ越しちゃうの?」と言われることも。民宿=宿に住むものというイメージしかない頃だったんですね。

名古屋で暮らしていたときに気づいたのは、「自分たちだけで自由にしていい空間」というものが、都会には意外とないということ。だから、邪魔されない、お客さまだけの空間を作りたいと思ったことも、非居住型にした理由です。

意外だったのは、コロナ禍で周囲に一棟貸しが増えたこと。それまでは、いわゆる民宿やドミトリータイプのユースホステルだった宿が、軒並み一棟貸しになったんです。「埋もれちゃうかな?」と一瞬不安に思いましたが、今度はキャンプの流行が来て。私自身はキャンプ場の近くだからこの物件を選んだわけではありませんでしたが、夏は「キャンプ場隣接」とキャッチコピーを前面に打ち出して売るようにしたら、お客さまがちゃんと来てくださいました。

━━「キャンプ」という言葉に惹かれてペダルテラスさんを利用する人は、例えばデイキャンプをして夜はここに泊まるといった使い方なんですか?

山梨 そういう人がいるだろうと考えていたんです。でも案外、みなさんここでのんびりとすごすんですよね(笑)。

━━そこまで本格的なアウトドア体験を求めて来るわけではないと。

山梨 予約を入れてくれたお客さまに事前アンケートを送って旅の目的を聞いてみたら、星空観光が9割でした。それプラスここで楽しむこととして「ウッドデッキでバーベキューをしたい」、「キッチンでお料理したい」という要望がある感じです。

ペダルテラスのリビングで、これまでの歩みを振り返る山梨さん。

ニーズを見極め、営業を軌道に乗せてから自分のやりたい方向へ

━━実際に宿を始めてみて、当初の想定と違ったなと思う部分はありますか?

山梨 私は元々、ここを起点に自転車に乗って楽しんでいただく宿にと構想していたのですけれど……。想定外だったのは、自転車に乗りにくる人があまりいなかったことです。原因としては、宿泊料金を最低2名でのご利用からのスタートし、人数が増えると1人当たりの金額が下がっていく、という形式にしたことが大きいと考えています。

たとえ2名でも8名でも、お風呂やキッチンなど全体をお掃除する手間は変わらないし、静かな立地であるこの場所は人数が少なすぎるとときに寂しいと感じる場合もある。そんな理由から、人数が増えるごとに金額が下がっていく設定にしたのですが、ありがたいことに団体のお客様は増えた一方で、自転車のアクティビティの利用は増えない、というジレンマが起きてしまいました。

ファミリーでも若い人のグループでも、「自転車に乗ってみませんか」と提案しても、「スカートで来たんです」「自転車に乗る計画で来ていないので」などという返答がほとんどで。なかなか、自分の思い通りにはならない、ということに気づかされました。

2段ベッドのある客室。クローゼットのなかには、長野の冬を快適に楽しんでもらえるよう、貸出用の防寒着が入っている。
壁付の鏡や折り畳み式のテーブルは、ベッド脇ですぐに身なりをチェックできるよう考えてDIYで設置。お客のニーズや使い勝手に合わせて少しずつアップデートしている。

━━ペダルテラスさんのように、わかりやすくコンセプトを打ち出しても、狙った人が来るわけではないんですね。

山梨 難しいですね。あとは私自身、宿泊業もレンタサイクル業も初めてのこと。最初は「自転車を貸せばいい」とただ思ってましたが、よく考えれば危険もあるし、自信がなくて強く打ち出せなかったというのも正直あります。でもいまはサイクリング仲間もできて、公式の”サイクリングガイド養成講座”を受けて勉強したり、お客様向けのサイクリングガイドツアーを提供するなどしながら自信をつけ始めているところです。

今後は、もっとホームページにも情報を載せて、自転車の方向へ振っていきたい。まずはお客さまがなにを求めてここに来るのかを知って、宿泊業を安定させて、そこから自分のやりたいことの方に振っていく。ニーズがあるかわからないなかでスタートしていますから、一つずつだと思っています。

お客さまがなにを求めて来ているかをよく観察していると、たとえば星空観察をしに来たお客さまは雨が降ったら全員キャンセルになるのかというとそうじゃなくて、来るんですよ。やっぱり旅の一番の目的は、一緒に来る人たちと予定を合わせて久しぶりに会って、ゆっくりいっぱい喋りたいっていうこと。

それを叶えるために、予約が入った時点でお客さまのやりたいことを聞くなど、できる限りコミュニケーションを取るようにしてます。お客さまには「コンシェルジュ付きの別荘を持ったようなつもりで来てください」って、伝えているんです。

━━それは宿泊する側にとって心強いですね。

お客が一番安心するのは「清潔であること」だと思うから

━━宿泊業は未経験だったわけですよね。実際にやってみて、どんな大変さがありましたか?

山梨 ほぼほぼ清掃業、ということですね(笑)。

━━清掃業ですか! たしかに。

山梨 私自身、客観的に自分をみて、話術やキャラクターでお客さまを楽しませられるタイプではありません。自分がそんなに器用な人間じゃない事は、わかっているつもりです(笑)。でも、「ここにお客さまが安心できる場所を作れば、絶対来てくれるだろう」っていう確信は、なぜかあったんです。

━━その“安心できる場所”を作るために清掃が必要だと。

山梨 はい。特にコロナ禍の元でのスタートだったのも影響が大きいです。とにかく手に触れるものから空気まで、全てにおいて清潔が約束されていることが、安心に繋がる時勢でした。

さらに‟山奥の貸別荘”というイメージは「前にいつ手入れをしたか解らない」と感じられやすい場所だと思います。だから清潔にすること、その清潔感が伝わるようにすることが、安心して滞在していただくための“おもてなし”の一つだと考えて、とにかく一生懸命掃除しています。

たとえば、前のお客さまがチェックアウトした後に、アルバイトの人と一緒に時間かけて掃除をしするだけでなく、次のお客さまが来る前に必ず最終チェックの掃除機をかけます。

━━山奥にある宿なのにホテルのような清潔感があるというのは、いい意味でギャップがありますね。

山梨 掃除をしながら、「どの作業に何分ぐらいかかる」「何人泊まると、自分1人で清掃する場合に何時間で終わるか」ということも、全部データで取っているんです。

━━清掃するだけでなく、データを取っておき、きちんと経験を積み重ねにしていくというのがさすがです。やはり、人数によって汚れ方が違うんですか?

山梨 全然違いますね! でも、慣れている人と走りながらやれば、宿泊が8人でも2人でなんとか回せるようになりました。とくにキッチンを元通りにするのがすっごく大変です。

━━つまり、そういうセッティングの時間をいかに効率的に終わらせるかっていうのが、勝負なんですね。

山梨 そうですね。そうしないと心が折れてしまいますし。食洗器やルンバなど、清掃に役立つギアはオープンさせてからいろいろ増やしました。ここにあるものはインテリアの見栄えを意識したものも多いけど、掃除の効率化のため、お客さまに快適に過ごしていただくために必要なものを重点的に揃えています。

団体客の宿泊後は、キッチンをすべて元通りに片付けるまで3時間もかかるという。
左)トイレのスリッパには、毎回きれいにしたあと「清掃済み」の帯を巻いている。右)ホテルばりに毎回拭き上げていて、水滴ひとつない浴室。タオルやバスマットも「洗濯済み」の帯を巻いてセットする徹底ぶり。

ピッチでの心残りは「起業後の課題」を伝えきれなかったこと

もちろんベッドメイクも未経験だったという山梨さん。経験を重ねるうちに、手際よく、美しくセットできるようになったそう。

━━ご苦労も多いなか、この仕事の喜びはどのようなところにあるのでしょう。?

山梨 もともと、私が幸せを感じるのは、頭のなかで想像したものを最善の形で実現したときなんです。今、それができていると感じるのでとても楽しいです。

━━ピッチに登壇なさった「I-Port.bizチャレンジャーズミートアップ #3」について伺いたいと思います。参加されてみて、いかがでしたか?

山梨 ビジネスプランコンペにご恩を感じているからこそ、起業のいい面を話したいという気持ちが大きかったのですが、一方で、もっと現実の厳しいところも伝えたかったなっていう心残りもありました。

ピッチの持ち時間は7分でしたが、じつは時間が足りなくなっちゃって。いい部分をまとめていた前半しか話せなかったんです(笑)。あとは「あんまり悪いことを言うといけないかな」というのもあって、「前半で終わらせちゃえばいいか」と思ってしまった部分もあります。

━━では、この記事で補足しなくては(笑)。それは、どのような点でしょう。

山梨 よく「夢を掲げて楽しそうな事に取り組んでるね」というイメージを持たれることもあるんですが、実際は“恐る恐る”という感じで本当に地道にやってきた事が多いんです。夏場は忙しくて目まぐるしいし、稼いだ分は少しでも居心地アップさせるための投資に回していますし。

それでも、自分の理想を最善の形に実現させて、そこに人が来て喜んでくれるということは人生のなかで最大の喜びじゃないかなって思うから、前を見て頑張っています。

━━起業の理想と現実ですね。

山梨 なんとか右肩上がりでやってきてはいるけど、うまくいってるとか、うちが頑張ったからお客さまが来ているんだとは全然思っていません。とにかく、目の前の来てくれたお客さまがどれだけ思い出を作れたか。その、一つひとつの積み重ねなのだと思います。

お客がここでどれだけ思い出を作れたかを大事にしたい

山梨さんが大切にしている、宿泊客の旅の思い出が自由に記入されたフリーノート。

━━これはなんですか?

山梨 「ご自由にどうぞ」と宿に置いている、お客さま用のフリーノートです。長文のメッセージとか、かわいい絵とかがたくさんあるんですよ。お客さまがいつ読むかはわからないけれど、いただいたメッセージには毎回返事を書くようにしていますよ。

━━素敵ですね。こういうお客さまとの直接的なやり取りがあれば、手応えが実感できそうです。

山梨 はい。これはこの間、台湾から来たお客さまのメッセージです。初日は雪がなくて「子どもに雪を見せたかった」って言ってたんですけど、次の日に一瞬吹雪いたんですよね。その子たちにとっては、すごくいい思い出になったんじゃないかな。

都会でも田舎でも、インバウンドの波が来てホテル代が高騰しているという話題を聞きます。円安や物価高騰の影響もあるとは思いますが、波に乗って値段を釣り上げるというよりは、「逆にその値段に見合うのか」「高級宿の方に乗り込んでいくのはちょっと違うな」と感じます。

旅館やグランピング施設、古民家や新築の高級貸別荘などと比較してしまって落ち込むこともあります。それでも、1泊をすごく高い金額にするより、手頃な金額にして何日も滞在してほしい。施設のグレードを売りにするより、自然体で泊まれて飯田という場所を身近に感じられる拠点になれば……、と願っています。

なによりやっぱり、お客さまがここでどれだけ思い出を作ってくれたかっていうことを、これからも大事にしていきたいですね。

━━ありがとうございました。


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