手作りの和菓子に魅了され、職人の道へ

━━i-PORT.Bizとして増田さんに取材させていただくのは2回目になります。1回目は増田さんがビジコンに出て入賞された直後でしたが(関連記事参照)、以降、どのような形で増田和菓子店を営んでらっしゃるのですか?

増田 ビジコンに出た当時は和菓子屋として起業したばかりで拠点もなかったのですが、入賞の際にいただいた起業奨励金を活用して菓子製造許可のある厨房を作りました。本当は御下屋敷内に厨房を構える予定でしたが、いろいろと都合が合わず自宅の一角に。いまは御下屋敷を販売拠点として利用させていただきながら、カフェ「ブックオルト」、なみきマーケット内の「まちのカフェ」、老舗の味噌蔵「稲垣来三郎匠」、農産物直売所「あざれあ」などにも出店しています。


━━さまざまな店舗で販売なさっているんですね。厨房を作るためにどんな機材を揃えましたか?

増田 3層シンク、作業台、ガスコンロ、ガス台、冷蔵庫、冷凍庫、テーブル、クーラーボックス、ポータブル充電器ですね。中古ではありますが、厨房の中身はすべて起業奨励金で揃えることができました。

━━50万円でそれほど買えてしまうとは!

増田 本当ですね。ビジコンへの参加がなければ、起業は無理だと諦めていたかもしれません。

増田さんが自宅の一角に新設した厨房は、2024年3月に完成したばかり。ビジコンの入賞者に与えられる起業奨励金で機器の一式を購入したという

━━ここから遡って、増田さんのこれまでについて伺いたいと思います。増田さんのご出身は?

増田 出身は神奈川県川崎市です。

━━和菓子作りはいつから始めたのですか?

増田 専門学校からですね。1年生のときに洋菓子、和菓子、パンなどの作り方を幅広く学び、2年生に上がって和菓子課を専攻し、1年かけて和菓子作りを学びました。

━━和菓子課を選んだ理由は?

増田 和菓子は日本の伝統的なものだから学んでみたいと、最初はそんな軽い気持ちでした。でも学ぶうちに、ひとつひとつが手作りであるところ、国産の食材を使うことが多く身体に優しいところに魅力を感じるようになって、和菓子が好きになりましたね。それで卒業後は和菓子屋に就職して、7年ほど働きました。

増田さんは専門学校卒業後に老舗の和菓子屋に就職して経験を積んだ和菓子職人。出産を機に仕事を辞め、子育て環境を求めて2018年に母親の故郷である飯田市三穂へ一家で移住した

━━たしかに、和菓子の食材は日本で手に入るものが多いですよね。就職先はどのようなお店だったのでしょう?

増田 関東にも複数店舗を展開している、京都の老舗の和菓子屋です。専門学校生のときに横浜のデパ地下で見つけたお店なのですが、すべて手作りでおいしくて、温かな雰囲気にほれ込んでしまって「ここで働きたい!」と思いました。求人はなかったんですけど、自分から電話をかけて採用していただくことに。

━━すごい行動力です! 職人の世界はやはり大変でしたか?

増田 そうですね。入社して1年半は販売を経験させてもらって、和菓子作りはそれからでした。失敗できないし、力も結構使うし、高度な技が必要なお菓子もあるし……。たくさん怒られて、たくさん学んで、やっと作れるようになった感じです。

移住後の出会いに刺激を受けて。和菓子作りを再開

━━和菓子屋で7年間働いたとおっしゃってましたが、その後はどうなさったのですか?

増田 結婚して子どもがほしいと思ったタイミングで退職したので、しばらくは子育てに専念していましたね。重たいものを持ったりする仕事なので、和菓子屋で働きながら子育てをするのは少し不安があったんです。そのときは「もう和菓子はいいかな」とさえ思っていましたが、川崎からこちらへ移住してきて子どもが小学校に入り出したころから、急に「またやりたいな」と思い始めて……。

増田和菓子店の現在の拠点である、「小笠原長孝記念館」の門。江戸時代からの歴史をもつ小笠原家の隠居屋敷で、“御下屋敷”との呼び名で知られている

━━三穂に移住されたときも、和菓子を作ろうとは思っていなかったんですか?

増田 はい。三穂に来たのは、自然が多いので子育てにいいかなと思ったからです。三穂には母の実家があって、幼いころから祖母に会いに来ていたので、すごくイメージがよかったんですよね。

本格的に和菓子を作りたいと思い始めたのは、コロナ禍に、御下屋敷を拠点とする「三穂の駄菓子屋カー」を手伝うようになってから。いろんな企画が形になるところを見て刺激をもらって「やりたいことって実現できるのかな」と思うようになりました。御下屋敷の館長さんが「和菓子作りができるなら、ここで売ればいいじゃない」と言ってくださって、さらに火がつきましたね。それでまず、三階菱の羊羹を作ってみたんです。

━━さんがいびし……?

増田 三階菱は、小笠原家の家紋です。型がなかったので自分で作ってくり抜いてみたら、意外と作れてしまって……(笑)。自信がついて、飯田市の「農村起業家育成スクール」に1年ほど通いました。最後にビジネスプランを形にしてプレゼンをするのですが、そこで最優秀賞をいただくこともできました。ビジコンには元々出るつもりがなかったんですけど、農村起業家育成スクールに通っていた方に「プランはもうできてるし、やってみようよ」と誘っていただいたんです。

左)小笠原家の家紋がモチーフとなった三階菱の羊羹。増田和菓子店の定番商品として販売中。右)御下屋敷の敷地内に出店しているようす。月に2回、不定期で出店している

━━その方のひと押しで、ビジコンへの参加を決意されたと。実際、ビジコンに出てみてどうでした?

増田 ビジネスプランはできていたものの、大変でしたね。制限時間の10分に収まるように何回も練習して。その甲斐あって、なんとか10分で言い切ることができました。「落ちてもいいから、今ここにいる人たちに私の想いを伝えよう」という気持ちで臨み、結果的に入賞をいただけてとてもありがたかったです。

━━ビジコン当日、審査員の方からの講評で覚えているものはありますか?

増田 頭が真っ白だったので細かく思い出せないんですけど、「まちのカフェ」というお店があるからそこで出店をしてみては、といった話をいただいたことは覚えています。あとは「すごくいい」とか「おいしそう」とか、応援してくださる方が多かった印象です。ビジコンに出て得たものは、頭のなかでもやっと考えていたことをまとめられたこと。もし目の前にビジコンへの参加を悩んでいる人がいたら、「とりあえずやってみたらいいよ」と私も背中を押したいです。チャレンジすること自体に価値があると思いますから。

和菓子を通して三穂の魅力を伝えていきたい

━━着実に有言実行なさっているのがすごいです。今年の春に厨房が完成して、できることが増えたのでは?

増田 だいぶ楽になりましたね。厨房ができる前は、「稲垣来三郎匠」さんや「まちのカフェ」さんの出店の際、前日に行って小豆を炊いて時間内に作らなければいけないという制限があって、量も多く作れないし大変でした。厨房ができたことで自分のペースでゆっくり作れるようになってよかったです。

━━これからが楽しみですね。

増田 はい。子どもたちの手が離れたら毎週営業したいんですけど、まだまだ先は長いですね。和菓子屋に勤めていたころは、材料も機械もレシピも揃っているなかで作っていましたが、今はひとりですから。あんこを仕入れて炊いて、試作して、写真を撮って、Instagramにアップして、ラッピングして……と全部ひとりなのですごく大変です。だからこそ「私の和菓子」という意識が強くて、喜んでもらえるとすごくうれしいです。

ツバメ型の羊羹がワンポイントのおまんじゅうと、まりを模した色とりどりの練り切り。和菓子に使う果物やお米は地域産のものをできる限り使っている

━━いまメインに作っている和菓子は羊羹ですか?

増田 そうですね。三階菱の羊羹は三穂だけで販売してますが、名物にしていきたいと思ってます。作る和菓子の種類は時期によって変わりますが、一番人気はいちご大福です。1月から5月頭のイチゴが採れる時期に販売していて、おかげさまですぐ完売になります。4月までは桜餅、5月から柏餅、6月は水無月、夏は水羊羹や葛粉を使った和菓子、9月は栗を使った和菓子、10月はハロウィンで12月はクリスマス向けの和菓子……という流れで作っています。

━━どれもおいしそうです……!まだ始まったばかりかと思われますが、起業を実際にしてみて大変だと思ったことはありますか?

増田 やはり、経済的な部分は難しいですね。値段を付けることとか。素材にこだわっているから材料費がどうしても高くなってしまう。そのうえたくさん仕入れられないから、利益を上げようと思うとほかの和菓子屋さんよりも売値がどうしても高くなっちゃうんですよね。かといって相場に合わせると利益が少なくなるし……。ちゃんと計算しなくてはと思って悩んでいるところです。

━━和菓子は日持ちもしないですもんね。

増田 そうなんですよ。お客様にはなるべく作り立てを提供したいのですが、販売日にすべて売り切らなきゃいけない。少なく作り過ぎてしまうと、せっかく来てくれたお客様に売れるものがなくなってしまいます。一方で作り過ぎるとロスが出てしまって、読みが難しいんですよ。販売場所でも売れ方が違うので、何回も失敗しながらやっています。勉強ですね。

おだやかながら強い意志をもって、自身のやりたいことを一歩ずつ実現している増田さん

━━今後の目標を教えてください。

増田 まずは地域の人にもっと知ってもらい、利益もしっかり出る形で営業できるようになること。お客様にもっと三穂へ足を運んでいただきたいので、頑張りたいです。あとは通販にも挑戦してみたいですね。

子どもたちが大きくなって時間がより自由になったら、出張に行ったり、ここでの販売を増やしたりしたいです。御下屋敷の館長さんが敷地内に東屋を建ててくれるという話もあるので、隣の旧小笠原家書院を見ながらお茶と和菓子を楽しんでいただく、というサービスもいずれ提供できるかもしれません。

━━実現したら、増田さんとこの場所の魅力を最大限に生かしたサービスになりそうです! いまからとても楽しみです。ありがとうございました。

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