「シビック・イノベーター※を増やす環境を創る」をミッションに2018年、長野県塩尻市に誕生したシビック・イノベーション施設「スナバ」。立役者の一人である三枝大祐さん(一般社団法人塩尻市振興公社/塩尻市役所)へのインタビューの後編は、「スナバ」立ち上げ期の取り組みから現在地域にもたらされているイノベーションの実例、そして思い描く未来像についてお聞した内容をお届けします。
【特別インタビュー後編】2040年、まちじゅうが「スナバ」になる未来へ。シビック・イノベーション拠点「スナバ」(長野県塩尻市)│三枝大祐さん(一般社団法人塩尻市振興公社・塩尻市役所)
イノベーターは、多様なコミュニティエコシステムから生まれる
━━前編では、スナバ誕生の経緯と準備段階に徹底したこと、そしてターゲット設定についてお話を聞きました。「すでに活躍するイノベーターではなく、イノベーターとして飛躍したい人をターゲットの中心に設定した」ということでしたが、他の地域を見てみると「起業に悩んでいる人の助けとなる情報提供をしたいけれど、どこにそんな人がいるの?」と、情報伝達や参加者集めの悩みは尽きないのではないかと感じます。スナバではオープン当初、どのように未来のメンバーたちに出会っていったのか、教えてください。
三枝 出会い方もあるんですがその前に前提として、この場所を「ターゲットとなる人たちが敬遠してしまう環境にしない」ように気をつけましたね。
それはなにかというと、「誰でも自分の思うことややりたいこと、違和感が口にでき」て、「萎縮することなく、様々な言動ができる場所」にしたい、ということ。あえて誰かの色が強く出すぎない、いわば「出島」状態にすることを意識しました。
━━それはたしかに・・・! 気づくと誰かの言うことばかりを聞いてしまうようなコミュニティにしないために、大切なポイントかもしれません。
三枝 そうそう。加えてもう一つ、「エコシステム(生態系)」となるために、イノベーター以外の人にも出会っていくことも重要でした。
「イノベーター」ってじつは、その人たち単体で事業を作り出していくのは難しい。自身のスキルを持ち寄るクリエイターやエンジニアといった機能提供者であったり、自分じゃことを起こす自信はないけれど何かを助けることで自分が成長したい、というフォロワーシップをもつ人も、さまざまなアクションや事業が生まれる環境には必要だと認識をしていました。
こうしたプロジェクトのKPIって、ともすると「生まれた起業家の数」に目が向きがちで。その結果、つい起業家ばかりにスポットライトを当てて、起業家が集まる施策アプローチにばかり注力してしまいがちですが、もっと多様な人のエコシステムがここで生まれることが、結果的にイノベーター誕生につながると当初から認識し想定できていたのは、この場所の価値になったんじゃないかと思っています。
あらゆる人が「ここにくると元気になる」、「自分の悩みを伝えたい人に会える」、「ちょっと違った発想が得られる」……そんな体験を持って帰ってもらう場づくりからはじまるイノベーションを、今もチーム全体で意識しています。
地域課題解決、産業振興、移住促進・・・“スナバエフェクト”は広範囲に
━━シビック・イノベーション拠点として、スナバの存在が県内外で多くの方に知られている理由が一つずつわかってきた気がしています。次にスナバの現在地として、どのような展開がいま起きているのかについて、教えていただけますか。
三枝 展開の範囲は本当に多岐にわたるのですが、一つは地域課題解決ですね。たとえば、NPO法人MEGURU。スナバをきっかけに法人化された企業ですが、ここは「地域の人事部」を標榜し、地域の企業に向けて人と企業・地域の持続的成長循環モデルづくりを行なっています。それから、地域おこし協力隊として元々スナバ運営チームだった田中暁さんが起業した株式会社HYAKUSHOでは、「農家のプロデュース&デザイン」をコンセプトに、駅前に塩尻のワインだけを出すコミュニティスペース&カフェ「アイマニSHIOJIRI」をつくったり、ワインぶどうの有休農地を借りてワイン好きも農業好きもみんな関われる場にしてみたりとか、いろんな仕掛けを行なっていたり。地域を面白くするプレイヤーが増えてきていると思います。
また、スナバの賑わいは、移住者増という展開ももたらしています。これまでに登録者は延べ250名ぐらいなのですが、そのうち50名ぐらいはスナバがあって移住定住につながった人たちです。
━━うわあ、50人ですか。
三枝 ぐらいになりますね。直接の目的には設定していないことですが派生して生まれている効果として、こういうことも。あとダイレクトに、地域づくりにアクティブな人が多いので、行政で行われる総合計画審議委員や都市計画マスタープラン委員、行政評価委員など、地域づくりに関連するさまざまな委員をスナバのメンバーが担っています。そんなふうに、スナバがあることで「地域の未来を自分ごととして考え議論ができる、行政の連携パートナーが広がってきている」、ということは言えると思います。
「塩尻全体のスナバ化」を理想に走る
━━ここからはI-Portのメンバーからも質問をさせていただきたいと思います。メンバーからどなたか質問をいかがですか。
鈴木啓介 I-Portのコラムと記事制作を担当している鈴木です。今日お話しいただいた事例は、リアルの場でのコミュニケーションのことが多かったと思いますが、オンラインでつながるコミュニティはありますか。
三枝 意外とないんですよ。メンバーだけの、Facebookのコミュニティページはあって、「こういうワークショップやろうと思うけど興味ある?」といった投げかけが行われていたりもするんですが、バーチャルオフィス的につながっているものはないんです。
コロナの影響が一番強かったときには、多少オンラインでやりとりしていましたが、それでもこの場所そのものは、議論や熟考のうえ、クローズしない、という判断をし、開け続けていたので。
鈴木 それは、どのような考えからでしょう?
三枝 ここはメンバーが事業を行うところであり、事業がストップすることは、その人の生活の糧が得られなくなるということ。その生活の糧に関わることを、私たちが一方的に閉鎖の判断をすることで、止めてしまうことはどうしてもできない、という考えに至って。もちろん、来るか来ないかは個別に判断してもらって、それぞれのスナバや、メンバーとの、信頼関係に委ねる、というかたちにしたんです。
渡辺捷揮 飯田市に地域おこし協力隊として越してきて、現在はIターン移住でデザイナーをしています、渡辺です。たぶん、僕は、ここが近く住んでたら迷いなくメンバーになるなあ、と話を聞きながら思っていて、それはなぜなんだろうなって考えていたんです。仲間ができそう感がすごいし、メンバーのみなさんが同じ方向むいているのがすごいし、あとは仲間といるからなのか、疲弊している感じないのもすごい。ともするとクリエイターとかイノベーター、アイデアを考えてお金に変えるような仕事って、孤立したり疲弊してしまうことも多いと思うんです。でも、ここにいたらそういうことがなさそうというのを感じつつ、これが場づくりとしてやられているというのがすごいなって。質問ではないんですが。
三枝 たしかに、疲弊しないというところだと、ここでは一人にならないというのもあるし、お互いに「これ手伝ってよ」とスキルの交換ができると同時に仲間を見つけてアイデアの壁打ちしてみたり、刺激の交換がしやすいのが安心感につながっているんじゃないでしょうか。
アクション起こしている人が多いから自分もやってみようとエンパワメントされる、加えて、そのアクションに賛同してくれる人が多いから、自分一人じゃできないことができちゃう、というような。先日も、「ローカルナイトピクニック」というイベントが市内の公園で開催されてんですけど、きっかけとなったのは一人のデザイナーの女性で。彼女は、「こんな景色が私は見たい」という夢というか願いがあって、「いいね!」と集まるメンバーがいて。1ヶ月ぐらい血眼になって準備していましたが、結果、初回ながら2日間で1300人が集まるイベントになりました。
渡辺 最高にノリがいい人がいっぱいいて。
三枝 そう、すごい大変さもあったはずなのに、なんなら「半年後ぐらいにもう一回やろうか」、みたいな話にもうなっているから(笑)。そういう、刺激の連鎖みたいなものがあるのがすごいですよね。
その熱量に加えて最近はロジカルに、収益どうするのとか、事業計画指導とか、続けられる事業になるようなところも目を配れるようになってきました。このプロジェクトについてではないですが、ちょうど3年ほどから、事業がもたらす金銭的リターンだけでなく、地域社会にどのようなインパクトをつくるか、ということを投資の判断基準に入れる「地域型インパクト投資」のプログラムをはじめて、今年は社会投資家とのマッチングまでを行なっているんです。
渡辺 たしかに、地域でのイベントはお金と人手の不足で疲弊していってしまうことがとても多いですよね。その面が強化できるプログラムもすごい、参加してみたいです。
━━なんというか、何からなにまでうらやましい限りですよね・・・ちなみに三枝さん、「スナバ」という場は、他地域への横展開ができるとお考えでしょうか?
三枝 それもやりたいなと思っているんです。じつは、すでに関東経済産業局さんがスナバ的取り組みを各地で広げていきたいと言ってくれていたり、他の市町村のプロジェクトにお声がけもいただいています。こうした動きをこの場の収益源にしていって、事業の原資にしていくことも、やりたい具体の一つですね。
━━では最後に、スナバの今後の展望について教えてください。
三枝 「生きたいまちを、共に創る」、今も変わらず、そのビジョンに行き着きたいと思っています。それぞれが自分ごととして、「こういうまちがあったらテンションあがるな」って考えて、自分たちでアクションできるような人が、一人じゃなく、スナバだけでもなく、街全体に広く浸透するようになる、いわばスナバの動きが地域のカルチャーになっている、というのが理想の姿です。
2040年くらいまでにそんな状態が地域に生まれて、スナバが「役目は果たしたよね」って解散できるのが、目指すところ。そのへんのカフェでも、スーパーマーケットの一角でも、「やってみようか」「いいじゃん!」という展開の創出あちこちに生まれるような面白いまちに、僕も住み続けていたいと思います。
━━ありがとうございました。
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